みんなで、しあわせ。
一年中嵐に覆われる山中。その日は珍しく、晴れていた。アルビオールを見晴らしのいい平原に待機させて、ジェイドは報告のあった雪山で気配を探る。そこは、レプリカネビリムが封印されていた岩の直ぐ近くだった。
「何だってこんな所に……」
雪山は嫌いだと、あんなにぼやいていたくせに。……そこではじめて、ジェイドは気付いた。自分が、いつのまにか、ルークの生存を信じていることに。
「今更」
声が雪に吸い込まれるのをいいことに、思いつくまま口に出す。
「……今更ですよ、ルーク」
希望を持つことがこんなに苦しい。
「他の誰かなんか、その辺で勝手に幸せになっていればいいんだ」
ルークのために、ジェイドはなにも出来なかった。ただ彼の行く末を見守ることしかできなかった。それが今まで、ジェイドの後悔になった。ゲルダ・ネビリムの死のときと同じ、後悔。
「貴方が幸せでなければ意味がないんだ」
なぜそれを、真っ直ぐ彼に伝えてやらなかったのだろう、自分は。
確かに彼がいなくなっても世界は巡る、けれど、それは彼のいない世界なのだ。
自分は馬鹿だ。
気付くのがいつだって遅すぎるのだ。
息を切らして、なかば駆け足でたどり着いた封印の跡地。冷たく白い石に囲まれた空間。染みのように、鮮やかな夕焼けの色。
「遅せーよ、ジェイド」
「どうして」
ジェイドは足を止めた。近寄ったら、すべてが消えてしまいそうな気がした。すべてが理屈に合わない、説明のつかない世界。断罪と贖罪の地。封印の岩。ひどく、静かだった。
「約束、したからな」
みんなが幸せになればいい。
みんなですこしずつ、まずはあなたとわたしから。
近づいてくる彼に向かって、ジェイドは微笑んで見せた。
約束は、こうして果たされる。
作品名:みんなで、しあわせ。 作家名:梁瀬春樹