認識ある火室-プライベートルーム-
しばらく月日が空いた。
会議なんて一週間に一回あるかないか、それでも月に何回か顔は合わす。顔は合わしても挨拶をする程度で、すれ違う度にロシアは笑うし、日本も頭を下げる。
後姿を見て声を掛ける事はなくなったけれども、正面からなら減らず口を叩く事が出来た。
だから、この状況を日本は声を掛けるか掛けまいか、一瞬悩んで日本は声を掛けた。
「・・・・・・何をしているんです、ロシアさん」
びくん、と角から、その先の廊下の様子を窺っていたロシアが勢い良く飛びのいて、心臓の音が聞こえてしまいそうなほど身体を上下に、息を荒くしながら日本を確認して大きく息を吐いた。
「この間のオリンピックみたいな反射神経ですね」
「ジーニャのこと?」
力が抜けたのか、その場に座り込みながら呟いて、不貞腐れてから少し笑う。
「ベラルーシ見なかった?」
「先ほどお庭に居ましたよ」
貴方の名前を叫びながら、と付け加えると、ここは安全だと思ったのかあからさまに頬が緩む。どうも、やっぱりというか普通のようだと日本は座り込むロシアの後ろから、手を膝にやって中腰の状態で覗き込む。
「ついてくるのはいいんだけどなあ。あーあ」
空笑いは虚しく消えて、ちらりとロシアは振り向いて日本を見た。
「なあに、日本くん」
無表情、そして生きてない瞳をロシアは覗き込む。互いに覗き込む状態でしばし固まって、次第にロシアの顔が赤くなる。
「なに、赤くなっているんですか」
「い、ん、ううん」
立ち上がろうとしたら、肩を日本に抑えられて、そのまま尻もちをついてしまう。行き場のない手が空中で止まって覗き込む日本を見上げるしかないロシアは、だんだんと顔を崩してく。
可愛いなあ、と頭の中で単語が過る。
「ねえ、ロシアさん」
「き、きみ、なんか昼間の日本くんじゃ、ないよ?」
「おや、ちゃんと夜の私を覚えておいてくださったんですか」
「う……」
恥かしそうに頬が赤くなる前に耳が色づいて、困る顔に二の次が告げない口がパクパク動いて、他人事の様に日本は「面白いなあ」と思ってみる。
「夜、ひとりで寂しいんですよ。またいらっしゃいませんか」
アメジストの瞳が小さくなって、涙が浮かぶのに時間は掛からない。
「な、なにいってるの」
「だから」
「そんなこと、言われたら、僕、ぼく」
少しだけ、口が震えている。
「僕僕詐欺ですか」
「違うよ! 諦めたのに、なんで、そんな優しくしないでよお」
その台詞を皮切りに、ロシアの声は泣き声に変わり、凍っていた身体は熱を取り戻して縋りつくように日本の腰に手を回してロシアは泣く。
「にほん、くんが、かんちがいって言ったんじゃ、ない。だから、ぼく、諦めたんだよお」
「そうですね」
「僕、まだ好きなのに、すきなのに」
「知ってますよ」
あの日を境にロシアは日本を見ない様にしていて、やっとのこと見られるように、見ても心臓が微弱に揺れ動くだけで押し止められたのに。今、また大きくぶれている。燃え盛る、お酒を飲んだ時の一瞬の熱さが持続する心臓が戻って来てしまった。
「ぐちゃぐちゃだよお、ひっく、すきでいていいの? まだ、へいき?」
「・・・・・・」
「僕、足りない部分、分かる様になるから、日本くんに好きなってもらいたいっ」
手が日本の顔へ伸び、通り過ぎて首まで回り切る前に日本はロシアの顔を手で挟んで、額に優しくキスをした。
「そこまで学べたなら十全ですね。貴方をこうしたのは私ですから、責任は取りましょう」
両手の親指で目じりをなぞってやれば、泣きながら破顔する。
見捨てていた熱い何かを、また拾いたいと思うのはロシアのおかげだろうと日本は重なりそうになる顔の閉じられる紫苑色を、同じく閉じられる己の漆黒色の瞳と、瞑った未来を思いながら、また心臓を燃やすのも悪くないと心の中で笑った。
作品名:認識ある火室-プライベートルーム- 作家名:相模花時@桜人優