認識ある火室-プライベートルーム-
昔と今とは違う。
欲しければ力ずくの日々は終わってしまったけれど、日本の感情ただ一つを求めるために全てを犠牲にはできない。たった一つの想いを諦めるだけで終わるなら、これが一番平和なことなのだとロシアは想い直す。
日本の言葉は的を射ているようだけども、やっぱりこの感情は「恋」なのだとロシアは想う。
ただ一つを求めることが間違っていたのだ。
「すっごい、苦しいんだ」
昔、自分の努力を認めてもらえなかったことがある。大勢の人に否定された時の感情に似ているが、少し違う。たった一人に認めてもらえないだけでこんなに苦しいのは、どうにかしようと身体が率先して動かず、思考が都合の良い方向にいかないのは、やっぱり、
「好き、だったんだと思うんだ」
一日経った今なら、素直に言える。昨日言い残したことを言うために、最後になる秘密の部屋のソファに座ってロシアは真正面の日本に笑いかける。
えへへと照れくさそうにするロシアに日本は無表情だった。二国とも、折角もってきたウォトカに手を付けずにいる今。
「迷惑、かけてごめんね」
膝の上に腕を置いて、手を合わせて日本に言う。銀の紙の間でちらちら見え隠れする藤色は昨日より生気がない。
「あーあ、言ったらすっきりしちゃった」
ロシアは立ち上がる。もう良いのだと立ち上がって、昨日と同じように背を向けてドアノブを握り、振り向かず少しだけドアを開いた。ただ一言だけ「もう来ない」そう言い残してロシアは去っていく。
そして、やっぱり日本は閉まりゆくドアと消えるロシアの背中を見届けて天井を見上げる。
こうなってしまった原因は自分にある。それが日本の出した答えだった。
あのロシアに、色々と欠落しているロシアに対して、この秘密基地を与える事は子供時代をやり直させて、少しはまともになってほしいと願掛けだったのだ。考えてみれば彼が、なぜそういう性格になったのか考えるべきだった。感情の区別がつかない子供を急に甘やかせば、こうなることは手に取るように分かるのに。
「・・・・・・」
良い事を学びましたね、などと言えるはずもなかった。考えない様にしていたこの事柄は、ロシアなら身体に訴えてくるだろうと、どこかで見越していたのだ。
泣きながら縋りついてくるものだと思っていた。
それが今や出来ない状況にいたから、彼は嬉々としてこの部屋を、酒で身体を熱し、時に互いに熱を求め合う部屋に来ていたというのに。
「・・・・・・本当に自分勝手ですよ」
ここで行われることは全て戯言。それを覚悟しているはずなのに告白してきたのは、日本がロシアを甘やかしすぎたからだ。
他人に嫌われるという恐怖をロシアは持ち合わせていたはずなのに、それを取り払ってしまったのは誰よりも酒よりも日本だった。
じっと天井を見つめる。
無機質な木製の、たぶん皮だけの天井。表面だけの存在はお互い様と日本は鼻で笑った。
作品名:認識ある火室-プライベートルーム- 作家名:相模花時@桜人優