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Straight Photography

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※ パラレル設定です



「眠れないのかい?」
 静かな声と共に、ソファで丸まっていた身体がもそりと動いた。
 ライルは頭まで被っていたブランケットを剥いで、薄闇の中で目を懲らす。カーテンの隙間から差し込む月の光が、金色と灰色の印象的な瞳の在処を教えてくれた。
 宝石のような色鮮やかなそれに、引き寄せられるようにして上半身を起こす。
 空調は自動的に切れるようセットして寝たため、すでに室温は真冬の深夜のそれになっていた。冷気が肩をひやりと嘗めて、退けたブランケットをもう一度引き寄せる。半年前、引っ越し祝いにもらったそれは上質の手触りで、その優しさに何だか泣きたくなった。
「そっち、行ってもいいか」
「もちろん」
 隣室のクラウスとシーリンを起こさないよう声を潜めて確認する。空気の流れでアレルヤがそっと微笑んだのがわかった。


 ソファとソファの間にあるガラステーブルには、今夜の飲み会の残骸が溢れていた。それらを倒さないように気をつけながら、ずるるずるるとブランケットを引きずって、彼の元へ移動する。
 同居を初めて以来、こんな風にアレルヤと同じ空間で眠りにつくのは初めてだった。
「なんか、さ。悪かったな、いきなり。連絡も入れずに二人を連れてきちまって」
「謝ることはないよ。とても素敵な人たちじゃないか。君が大切に付き合ってきたのがよく分かるな。僕にも終始気をつかってくれて、かえってこっちが恐縮したよ」
「……いやいや。いい人も何も、ただの酔っぱらいだぜえ?クラウスはともかくシーリンは酔うと説教魔になるし、手に負えねえよ」
「あ、そういえば手ひどくやられてたね」
「っておい! 見てたなら助けろよ……」
「でも、楽しそうだったよ。うん、君のあんな顔は初めて見たな」
 ふふ、と笑うアレルヤの額を指先で軽く弾いてやった。
 彼はライルが身を寄せても頓着することなくソファに横たわったままだ。見下ろす形になったアレルヤの顔は、普段感じていたよりもずっと幼い。五つも年下なのだと改めて思う。
 おそらく彼は普段の日常生活では無意識に気を張っている。それが飲酒と寝起きでわずかに緩んだのだろう。
 一緒に暮らし始めてまだ半年。いくらこの顔が兄と同じものとはいえ、別人には違いない。何年も共に暮らした男と同じように気を許せというのは無理な相談だった。




 半年前、ライルは双子の兄の突然の死で、兄の持ち物であったマンションと車を譲り受けることになった。
 葬儀が終わってから、諸々を手伝ってくれたアレルヤという男が兄の家にずっと居候していたことを知った。すぐさま彼を追い出すには忍びなく、気がつけば自ら同居を提案していた。

 アレルヤは、名うての編集者だった兄が担当していた絵本作家だ。何とかいう賞を取ってベストセラーになった作品が一本あるらしい。毎年増刷されるそれの印税でマンションを出てもどうにか暮らしていけると彼は言う。
 ――あんたが出て行きたいのならそうすりゃいいさ。
 ライルはあっさりそう告げた。そもそも自分でも何故同居なんて言い出したのかわからなかったのだ。残るも出て行くも好きにすればいい、そう思った。
 そして結局、彼は同居の話をのんだ。何を考えて出された結論なのか、今もってライルには分かっていない。もしかして案外寂しがり屋なのだろうか。
 兄のもとには売れない作家が何人も入れ替わり立ち替わり居候していたようだが、彼だけがいつまでも部屋を出ていかなかったと聞いた。
 恋人だったのかと訝ったこともある。兄がゲイだとは思えなかったが、アレルヤには性別を超越するような不思議な雰囲気があった。しかし、彼の言動と遺された部屋の状況を見るに、どうやらそうではなかったらしい。
 それでも、ただの編集者と作家の関係にしては親しすぎると思った。兄を失ったアレルヤが抱えた傷は、共に暮らすライルにも悲痛なまでに伝わってきた。
 自分は兄と長く疎遠にしていたから、彼が死んだと聞いてもそれほど大きな衝撃は受けなかった。きっとアレルヤは肉親よりも近い存在だったのだろう。
 兄にそっくりなこの顔や声が、慰めになるとは思わない。むしろ正反対の役割を果たしてしまうかもしれないが、長く暮らした家に残ることで少しでも気が休まりはしないだろうか。彼の心を癒してやりたい。
 今ライルは心からそう願ってアレルヤの前にいる。



 眠そうに目を細めるアレルヤを眺めていると、彼は目尻に浮かんだ涙を擦り取ってライルのブランケットを引っ張った。
「どうした」
「シーリンさん、僕のベッドで大丈夫かな。一応シーツは変えたんだけど……」
「ああ? なんだ、んなこと気にしてんのか。平気だって。残業がひどいときゃ埃っぽい仮眠室に泊まるんだぜ? 男も女もねえからな、あの部屋は」
「ふうん。そういうもの、なんだね。僕は会社で働いたことがないし、女性にベッドを使われることなんて今までなかったから……。まあ問題ないなら良かったよ」
「……あー、うん。まああれだ。ベッド譲ってやっただけ有り難いって思えってことだよ。俺もクラウスに貸しイチだな」
「一番最初につぶれたよね、クラウスさん」
「シーリンがいつも苦労してるらしいぜ。二人で飲んだときはあの細腕で引きずって帰るって聞いたことあるなあ」
「それはすごい」
 目を丸くして笑う彼の、女性経験の乏しさを思いがけず聞いてしまった気がする。確かに過去はともかく、アレルヤには現在恋人らしき相手の影は見えなかった。
 なぜかそれに安堵している自分を誤魔化すように、ライルは彼の頭をよしよしと撫でた。甘えたような表情も相俟って、どうも今夜の彼には子供のような扱いをしてしまう。
 そこでアレルヤが小さく欠伸をした。
「っと。悪い、寝てるとこ起こしちまったんだよな」
「いや、僕も起きていたよ。寝息が聞こえないから君も起きてるのかなと思って声をかけたんだ。お酒って飲むと一時的に眠くなるけど、後で目が冴えるよね」
「そうだな。明日は休みだからいいが、こんだけ頭がはっきりしちまうと眠るに眠れねえ」
「……うん」
 苦いため息をこぼしたライルを見て、アレルヤが本格的に起きあがった。背もたれによりかかり、正面からブランケットを被る。
 ライルは眉を顰めた。何も自分につきあってアレルヤまで起きる必要はない。
「よせよ。あんたは眠そうだったじゃねえか」
「うん。僕はもう眠れそうだ。――だからね」
 にこりと笑ってアレルヤはポンポンと膝の上を叩いた。

「膝枕、なんてどうだい? 枕が変わると眠れるかもしれないよ」

「……はあ?」
 数瞬遅れて、何を言われたのかを悟る。ライルは未知の生物を見る目つきでアレルヤに向き合った。
「俺に男の! しかも筋肉質なヤローの膝で眠れって!?」
「失礼だな。上質の筋肉は柔らかいものだよ。大丈夫、僕は鍛えてあるから朝まで枕にされても痺れたりしないし」
「まてまて、俺が危惧してんのはそういうことじゃなくてだな!」
 隣室で寝ている二人を忘れて大きな声を出すと、アレルヤの手がすっと伸びてきて、指先で口元を封じられた。ライルも気がついて口を噤む。
作品名:Straight Photography 作家名:せんり