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前に座り、おもむろに精神統一をしていた。
文机にあるは、この間の皆の評価が微妙だった、白哉渾身の一作「わかめ大使」。
白哉の精神統一↓
ルキアが戻ってくるまでに、あと９０日……つまり９０わかめほどしかない。
なんとしても、この３ヶ月の間に、この「わかめ大使」を完成させなければ
そしてルキアにひたすらほめてもらいたい いや、これを我が愚妹に見せて
朽木家の歴史と死神としての道理を芯から叩き込まねばならぬ。
かっと目を見開き、これ一本で３軒の家が建つという細嫩頂光鋒という筆に、
数百年の伝統を誇る朽木家伝来の墨を浸し、
これまた朽木家代々の専属の職人が鋤いたという極上の紙に向かう。
白哉の長い長い戦いが始まった。
３ヵ月後。
「只今、戻りました」
現世での通常任務から戻ったルキアが朽木家の門をくぐると、
何かが違う。雰囲気が。
「お帰りなさいませ。ルキア様！！」
と家令を筆頭に朽木家一同熱烈歓迎ムード。
今までは、養子としての宿命か、表には出さないものの、
どことなく冷淡でひたすら他人行儀だったのに。
しかも、最も自分と距離を置いていた家令さえ、
「さささ、お疲れではございませんか？その様子だと大丈夫ですね。 白哉様が自室でお待ちでいらっしゃいます。身支度等整えたら 【速やか】に白哉様の元にお伺いくださいませ」
というへりくだり方。
「でも、まあ皆が歓迎してくれるのは嬉しいし、それよりも早く兄様にお会いしたい」
とルキアは、深く考えることもなく身支度を整えてすぐに白哉の自室に向かうことにした。
一方白哉は。
あふれんばかりの「わかめ大使」の中、ついに９０わかめにして、
至高の大作【わかめ大使・改】を編み出すことに成功していた。
白哉は８５わかめほどから、ほとんど睡眠をとっていない。
これでやっとルキアにひたすらほめてもら…… いやもとい朽木家の歴史と
死神としての道理を伝えることができる。
と目の前にある【わかめ大使・改】を見ながらひたすら感無量の様子であった。
するとその時、
「兄様、ルキアです。只今戻りました」
懐かしい声。待ち望んでいた声。
「入れ」
こみ上げる嬉しさと懐かしさを必死で堪えながら、努めて平静にふるまう白哉である。
朽木家の奥にある、白哉の自室。
いつもは整然としているそこから、何か大量のシルエットの影が見える。
それを不思議と思いつつもルキアは、白哉の室の障子を恐る恐るそっと開ける。
そして開けた先には―
広大な部屋を埋め尽くさんばかりの、「わかめ大使」の数・数・数。
その中でひときわ大きい「わかめ大使」の前に白哉はいた。
久しぶりに会った白哉は若干痩せてみえる。ちょっと頬もこけているようだ。
３ヶ月ぶりの白哉に会えたという嬉しさよりも、ルキアの心を占めていたのは、
この空間にひしめくあらゆる形の「わかめ大使」を見たときの感動であった。
なんという素晴らしい芸術品の数々！
研ぎ澄まされた美術的センスに裏打ちされた緑のフォルムの美しさ。
わかめを大胆にもモチーフに選ぶというその審美眼。
中央に移るお顔の不敵な笑みの絶妙さ。
左手に比べ右手が微妙に不揃いであるその崩し方には驚嘆すら覚えてしまう。
ここは何かの桃源郷だろうか、
改めて兄様という方の偉大さを感じずにはいられない。
と独特の美的感覚による感動のあまり声も出ないルキアを見て、
白哉は、心の中でガッツポーズをしたい自分の衝動を抑えるのに必死だった。
白哉は思う。
あとは、この……この９０わかめにしてついにたどり着いた【わかめ大使・改】を見せるだけだ。
そして、尊敬のまなざしで自分を見て欲しい、じゃなくて、
朽木家の理……ああ、もういいや。とにかく見せたい。見せてとにかく寝たい。
白哉は、またも努めて平静に、今度はルキアに語りかける。
「お前の眼にはその違いがまだわからぬだろうがこれが一連の集大成だ」
「名を【わかめ大使・改】という」
ちょっともったいぶってみた後、白哉がおもむろに【わかめ大使・改】にかぶせられた布をスルッと外す。
するとその時、同時に偶然ルキアの前に何か一枚の紙がひらひらと落ちた。
そして【わかめ大使・改】を見る前にルキアはごく自然にその一枚を手にとった。
「！それは！！」
と白哉が小さく叫び、それを取り上げようとしたとき、
ルキアの顔が、パァっと晴れやかな顔になったことに白哉は気が付いた。
その目にはかつてないほどの尊敬のまなざしが浮かんでいる。
「ああ！これが、【わかめ大使・改】なんですね！兄様！」
白哉は思わず何かなんだかわからない様子でルキアの顔を見る。
なんと、ルキアが手に取った一枚、それは、皆の評価がことごとく微妙だった
一番最初に書いたあの「わかめ大使」だった。
「いや、それは……」
白哉があわてて、何か言おうとするが、ルキアは興奮しているのか
白哉の言葉をさえぎって言葉を続ける。
「ああ、その布がかぶせていたものが一番最初に兄様がお作りになった「わかめ大使」なのですね」
と、本当の【わかめ大使・改】を一瞥し、手元の「わかめ大使」を見比べて再び言葉を続けた。
「確かに、今私の手元にある【わかめ大使・改】に比べると、全体的に独創性にかけますし、 ただ大きなだけで、余計な部分が多いように見受けられます。また形が安定しすぎているので アンバランスという名の妙味も見当たりませんね。ですから、兄様は修練を重ねることによって、 よりシンプルに、よりコミカルに、この【わかめ大使・改】を完成なさったのですね」
もう白哉は、驚きのあまり言葉が出ない。
私の９０日……
私の修練……
私の美的感覚･･･
私の【わかめ大使・改】
私のプライド……
白哉の中の様々なものがガラガラと音を立てて崩れてゆく。
でも、
目をキラキラさせながら、自分に「 尊 敬 」のまなざしをむけるルキア。
任務から帰り久しぶりに会うルキアは、
とても可愛くて。
とても愛おしくて。
痛みの中で生まれた、もうたった一人だけになってしまった家族。
そして一人の女性としてかけがえのない存在になった、私のルキア。
彼女がそれをいいというのなら、それでいいのだろう。
そして、私は正直もう限……界
「兄様！？」
白哉は自らの全体重をルキアの方によせ、彼女の胸の中で静かに久々の眠りにつくことに決めた。