誕生日
いろいろ考えている間に、いつのまにか家に着いた。
玄関の前にルキアがいた。
「遅いな」
「お前、何待ってんだ?」
「買い物を頼まれたのでな、貴様付いて来い。こちらの地理には今だ慣れぬのだ」
わかったよ、と言おうとしたとき、家からバタバタとせわしい音が聞こえた。
おそらく、柚子や夏梨が急いでパーティの飾り付けをしている。
俺が帰りそうな時間まで間に合わなったから、ルキアと買い物に行かせて
時間稼ぎをしたいのだろう。
仕方ねえな、とルキアと共に近くのスーパーに向かう。
ジュースを何本かと、お菓子をいくつか手にとる。
今年は隣に大飯喰らいがいるので、多めに買っておいた。
一つの買い物袋を二人で持ちながら、歩く。
影が段々伸びてきた。日がもうすぐ落ちるのだ。
「しかし、貴様の家では面白い催しをするのだな、誕生日ぱーてぃなどと」
「お前はしたことがないのか?」
「莫迦者、一度死した者が何の誕生を祝うのだ。貴族ならともかく流魂街に
住まう者など、誕生日など持つ者はいないぞ。死神になって初めて便宜的に
付けられるに過ぎぬ、それに」
一寸の間の後、苦笑いをしてルキアは言った。
「私が年月を一つ重ねたとて、喜ぶ者など居りはしないよ」
馬鹿なことを聞いてしまった、というよりそれは違うだろう、と少し思った。
恋次も浮竹も、そして白哉も命がけでルキアを守ろうとした。
こいつもそれはわかっているはずだ、なぜ、という問いが浮かぶ。
だが、彼女の過ごした日々を知らずに、それを否定するほど俺は子供でもない。
そして、問いは自分にも当てはまることを知っている。
ただ単純に、祝福されることに慣れぬ者がここにもいるのだ。
お前だから言うけどさ、という前置きは照れるから省略して俺は言った。
「今から言うこと、明日には忘れてくれよな」
「貴様の戯言など一時間もせぬうちに忘れるわ、とっとと話せ」
俺は話した。
今日皆が、いろんな形で祝ってくれたこと、
それをどう受け止めていいかわからないこと、
そして、おふくろのこと。
恥ずかしかった。
いい年して、とか男のくせに、とか。
俺自身もそう思う。
でも誰かに聞いて欲しかった。
この女にだったら、話してもいいような気がした。
するとバッサリ、
「子供だな」
と言われた。
まあそうですけどね、と少しがっくりした。
同時に、がっくりするほど俺は彼女に何て言って欲しかったのだろうと思った。
そんな俺の様子を見たルキアはしてやったりという顔をして一瞥し、 そして視線をまた戻した。
「貴様の話を聞いて感じるのだが、残された者が悲しむからといって、
それを素直に受け止めないというのは、ちょっと違うと思うぞ」
違う、それはわかっている。問題は何が違うかだ。
自分にも出せない問いを人にまかせて、試す。そんな自分が少し嫌になる。
「誕生日を祝うというのは、貴様が生まれたこと自体を喜ぶという意味と、
お前と年月過ごすことができた自分自身を喜ぶ、この二つの意味があるのではないか?」
後者の発想はなかったが、そうだなと俺は思う。ルキアは続ける。
「残された者が悲しむのは当然だ。それは残した者の業であり、残された者の義務だ。
だが、残した者と過ごした貴様との年月はどうなる?
貴様がいつまでも祝福を受け止めないでいると、
彼らが息絶えたとき彼らの胸に残るのは深い後悔だけだ」
後悔、その言葉に、おふくろの顔が浮かんだ。
後悔から抜け出すことができないのは、俺だけだとばかり思っていた。
しかし、今の俺の姿を見てどうだろう、と俺は初めておふくろの立場に立った。
自分の死によって誰の祝福も受け止められない、愛する者がそうなったら。
本当に後悔するのは、俺ではなくおふくろではないだろうか。
俺はルキアの言うとおり、ただ子供のように駄々をこねていただけなのだ。
そんな姿をいつまでもおふくろに見せたいのか、俺は。
「……貴様の母御は今日という日を喜んでおられるだろう」
「何を」
「貴様がまた一つ年をとったことに、そして貴様が皆に誕生日を祝福される人間になったことに」
「そうかな」
「そうだ」
彼女は、そうだ、と実にきっぱりと言った。俺は心の中で素直にありがとうと答えた。
求めていた物がここにあり、それを与えてくれるのはいつもこの女だ、と思う。
初めて出会った時、随分尊大で、生意気で馬鹿みたいに真面目な奴だな、と思ったことを覚えている。
それだけしか思わなかったのに、色々なことを経て辿り着いたこの奇妙な関係は今、
俺にとって無くてはならないものになっている。
「我らができることは、関わる者を残して去らぬこと、彼らを護ること、
そして共に過ごす日々を精一杯生きることそれだけではないかと……、なんだその顔は。
貴様聞いているのか?」
「聞いてるって。なんつーかその」
俺はルキアに、お前変わったな、と言いかけて止めた。
夕日に照らされたルキアの横顔を見る。
彼女からいつのまにか、厭世の雰囲気が消えている。
私を追ってくるな、と言い残し罪人として刑に処すると決めた時の
どこか自分を捨てているような雰囲気は影を潜め、
生をきちんと受け止めて凛とした女性の顔がそこにあった。
「……貴様のせいかもしれぬよ」
「え?」
「に、二度は言わぬ」
「はっきり言えよ」
言われっぱなしは悔しいので、本当は聞こえていたけど言ってみた。
彼女の歩みが止まる。するといきなりルキアが俺の耳をひっぱった。
「貴様が生まれてきてくれて感謝している!!!そう言ったのだ!!!」
照れがまじった彼女の声が吐息と共に俺の耳に入り、心を溶かす。
ルキアを見る。彼女は目を俺と合わせようとしない。その代わり耳まで赤くなっている。
本当は、俺の方こそ、と言おうとしたがやめた。
そんなありきたりの言葉では言い表せないほどの関係がここにはあるんだ。
「馬鹿、お前そういう時はこう言うんだぜ」
二人で持った買い物袋を一つにし、空いたルキアの手をそっと握る。
彼女の体温が俺に伝わる。
あの雨の日、おふくろから離した手を、俺はまたこうして再び握り返す。
「誕生日、おめでとう」
俺と彼女の声が重なり、帰路を待つ夕方の空に消えた。