物事は 夜に進む
藍染惣右介は決め事は夜にするという癖があった。
現に彼は今二つのことを決めようとしていた。
一つは目標の最終段階における道具について、
もう一つは、これから造る虚園の住人が着る服装の色についてだ。
前者では、自分と最も近しい物もしくはまったく真逆の物、
後者は、白か黒、どちらの色にするか考えている最中だった。
何人かの隊員が藍染に声をかけた。彼は優しく言葉を返した。
隊員達は、藍染と言葉を交えたことを喜んでいるようだった。
しかし、すぐに藍染はそれらのことを忘れた。
思案中はとかく地が出てしまうので、伊達眼鏡というのも至極便利なものだと思った。
藍染にとってどうでもいいことは彼の記憶に襞を作ることなく、まっさらに消滅する。
天頂に座す意志を秘めた男には、例えそれがどんなに美しい事象であっても、
チェスの駒という意味において、すべてが平等にどこまでも平行に作用していた。
藍染の視界が、一つの色を捉えたのはつい先程のことだった。
また面白い物を見つけることができたと、藍染は久しぶりにそう思った。
瀞玲廷の空気は、夜になってもせわしなった。
昼間、護廷十三番隊入隊式が行われ、今は歓迎会なるものが開かれている。
皆の目は一人の少年に向けられていた。
警戒と好奇心と嫉妬の混じった複雑な視線が飛び交わす奇妙な空間。
その一際小さい白髪の少年は、まるで意に返さぬように、
真っ直ぐに前を見つめ静かに存在していた。
日番谷冬獅郎。
氷雪系最強の斬魂刀、氷輪丸の持ち主にして今期、史上最年少で入隊した少年。
文字列としては、認識していた。
しかし、それ以上のことを思うことはなかった。彼の野心は天才というものを
特に必要していなかったし、自分で作り出す方がおもしろいと感じていたからだ。
彼の興味を引いていたのは、その少年の背景及び色そのものだった。
眼鏡の奥から単色を見渡すのも、飽き飽きしていた。
藍染は久々に訪れた銀白の差異に、ある一人の男の姿を重ねた。
彼は闇に染まる藍染の世界の中で、最も色鮮やかな者のうちの一人だった。
そのたった一人の男の声が唐突に背後から聞こえる。
相変わらず憎たらしいほど、気配を消すことがうまい。
「やっぱり興味があるんですか?氷輪丸」
一色に染まった藍染の世界で、唯一鮮やかな差異をなす、この偶然に色の
名を背負った男の名前を藍染は親愛の情をこめて呼ぶ。
「ギン」
「今日初めてみましたけどまた、えらいちっこい子ですなあ」
お前も昔はそのくらいだったよ、と藍染は言おうとしたが、
あえて夜の暗闇に溶かすことにした。
夜がいつのまにか訪れるように、年月が過ぎるのは早いと懐古するには
この男の存在は近すぎる。
すっと市丸は藍染の隣に立つ。いつのまにか自分と同じぐらいの
背丈になった彼を見て、さらに藍染は懐古を深くする。
その藍染の回想を遮るかのように市丸は日番谷の方向を見て
ちょっといぶかしげに藍染に言った。
「で、結局どうしますのん?この子……氷輪丸の持ち主にしろ、
正直使えるか使えないか微妙な所ですなあ。かといって敵に回すのにも面倒やし」
「それで?」
「それに」
市丸は一瞬の間をおき、その細い目を少し開けて日番谷を指す。
「ガチガチやないですか」
やはり同じことを考えているものだ、と藍染は少し口元で笑う。
そしてあえて、答えがわかっている問いを確認の意味で聞いてみることにした。
なにより市丸とのこのような問答は嫌いではない。
「ガチガチ……ふふ、彼の何を見てそう思った?」
「霊圧の抑え方、天才児とかいわれるモンの振る舞い方、どれをとっても隙がありまへんけど、
まだあかんわ。あの子、誰のことも何も見てないですやん。使いモノになりますやろか」
お前がそれを言うか、と藍染は一寸思ったが、それよりも市丸にしては、
珍しく人に対して饒舌に語るのでとりあえず話すがままにさせておく。
「まあ子供があんなんなるまで何かあったんかもしれまへんなあ」
誰に問うでもない語尾が空に消えようとし、藍染は静かにそれを掴む。
「草冠……」
「なんや知ってはりましたん?」
市丸はちょっとアテがはずれたように藍染に再び視線を移す。
藍染は日番谷の方を向いたまま目を離さない。
「あのような杜撰な記録の処理は消去、とはいわないよ」
藍染は市丸に語りながらも一人言のようにさらに続ける。
「まったく、あいも変わらず黴の生えた下らんシステムで貴重な資源を無駄にする……」
「それ、朽木隊長なんかが聞いたら憤慨しますやろなあ」
「貴族というのはとどのつまり、この腐ったシステムの墓守だからね」
市丸は視界の上端で、藍染の口元がわずかに歪むのを確認する。
彼はどうも日番谷という件の少年ではなく、もっとその先を見つめているようだ。
そのような藍染は嫌いではないにしろ、一たび含みごとをすると
すぐ自分を忘れてしまうところがある。その癖を市丸は少し気に入らない。
月光が無防備に、市丸から意識が離れた藍染を照らす。
死覇装の漆黒に白い隊長羽織が色を重ねている。
崩すことなくきちんと整えられたそれらは、
藍染という男そのものを指してるように見える。
そんなんちゃうで、と市丸は思う。
さらに上部に眼を向ける。
形のよい白い首筋がすっと伸び、月明かりにさらされて蒼い影を作る。
やや厚い眼鏡のフレームに茶褐色の前髪がかかっている。
その穏やかで思慮深い眼差しは眼鏡の奥に隠れてよく見えない。
そんなんちゃうんや、この男は。
月光が映すのは下らぬ残像。
ボクが欲しいのはこんなもんやない、と市丸の心が小さく叫んだ。
叫びと共に渇きが市丸に訪れる。
白と黒に紛れたこの男の本当の色を、内部にたぎる欲望を、ボクだけは知っている。
その証でもつけようか。
見ているものは月夜だけ。たまの酔狂も許されよう。
市丸は、静かにこの男の肩に手を伸ばす。
月を遮り、夜を背負った市丸が藍染に重なる、いやなろうとした。
藍染は少しの一瞥を市丸にくれた後、首筋に近づいた彼を手で遮る。
そして、己が視線を日番谷の方に向けたまま静かに市丸に問いかけた。
「正義感が強くて聡すぎる子供は、自然界でどういう立場に回るかわかるか?ギン」
不意に訪れた自らへの問いに、市丸の動きが止まる。
現に彼は今二つのことを決めようとしていた。
一つは目標の最終段階における道具について、
もう一つは、これから造る虚園の住人が着る服装の色についてだ。
前者では、自分と最も近しい物もしくはまったく真逆の物、
後者は、白か黒、どちらの色にするか考えている最中だった。
何人かの隊員が藍染に声をかけた。彼は優しく言葉を返した。
隊員達は、藍染と言葉を交えたことを喜んでいるようだった。
しかし、すぐに藍染はそれらのことを忘れた。
思案中はとかく地が出てしまうので、伊達眼鏡というのも至極便利なものだと思った。
藍染にとってどうでもいいことは彼の記憶に襞を作ることなく、まっさらに消滅する。
天頂に座す意志を秘めた男には、例えそれがどんなに美しい事象であっても、
チェスの駒という意味において、すべてが平等にどこまでも平行に作用していた。
藍染の視界が、一つの色を捉えたのはつい先程のことだった。
また面白い物を見つけることができたと、藍染は久しぶりにそう思った。
瀞玲廷の空気は、夜になってもせわしなった。
昼間、護廷十三番隊入隊式が行われ、今は歓迎会なるものが開かれている。
皆の目は一人の少年に向けられていた。
警戒と好奇心と嫉妬の混じった複雑な視線が飛び交わす奇妙な空間。
その一際小さい白髪の少年は、まるで意に返さぬように、
真っ直ぐに前を見つめ静かに存在していた。
日番谷冬獅郎。
氷雪系最強の斬魂刀、氷輪丸の持ち主にして今期、史上最年少で入隊した少年。
文字列としては、認識していた。
しかし、それ以上のことを思うことはなかった。彼の野心は天才というものを
特に必要していなかったし、自分で作り出す方がおもしろいと感じていたからだ。
彼の興味を引いていたのは、その少年の背景及び色そのものだった。
眼鏡の奥から単色を見渡すのも、飽き飽きしていた。
藍染は久々に訪れた銀白の差異に、ある一人の男の姿を重ねた。
彼は闇に染まる藍染の世界の中で、最も色鮮やかな者のうちの一人だった。
そのたった一人の男の声が唐突に背後から聞こえる。
相変わらず憎たらしいほど、気配を消すことがうまい。
「やっぱり興味があるんですか?氷輪丸」
一色に染まった藍染の世界で、唯一鮮やかな差異をなす、この偶然に色の
名を背負った男の名前を藍染は親愛の情をこめて呼ぶ。
「ギン」
「今日初めてみましたけどまた、えらいちっこい子ですなあ」
お前も昔はそのくらいだったよ、と藍染は言おうとしたが、
あえて夜の暗闇に溶かすことにした。
夜がいつのまにか訪れるように、年月が過ぎるのは早いと懐古するには
この男の存在は近すぎる。
すっと市丸は藍染の隣に立つ。いつのまにか自分と同じぐらいの
背丈になった彼を見て、さらに藍染は懐古を深くする。
その藍染の回想を遮るかのように市丸は日番谷の方向を見て
ちょっといぶかしげに藍染に言った。
「で、結局どうしますのん?この子……氷輪丸の持ち主にしろ、
正直使えるか使えないか微妙な所ですなあ。かといって敵に回すのにも面倒やし」
「それで?」
「それに」
市丸は一瞬の間をおき、その細い目を少し開けて日番谷を指す。
「ガチガチやないですか」
やはり同じことを考えているものだ、と藍染は少し口元で笑う。
そしてあえて、答えがわかっている問いを確認の意味で聞いてみることにした。
なにより市丸とのこのような問答は嫌いではない。
「ガチガチ……ふふ、彼の何を見てそう思った?」
「霊圧の抑え方、天才児とかいわれるモンの振る舞い方、どれをとっても隙がありまへんけど、
まだあかんわ。あの子、誰のことも何も見てないですやん。使いモノになりますやろか」
お前がそれを言うか、と藍染は一寸思ったが、それよりも市丸にしては、
珍しく人に対して饒舌に語るのでとりあえず話すがままにさせておく。
「まあ子供があんなんなるまで何かあったんかもしれまへんなあ」
誰に問うでもない語尾が空に消えようとし、藍染は静かにそれを掴む。
「草冠……」
「なんや知ってはりましたん?」
市丸はちょっとアテがはずれたように藍染に再び視線を移す。
藍染は日番谷の方を向いたまま目を離さない。
「あのような杜撰な記録の処理は消去、とはいわないよ」
藍染は市丸に語りながらも一人言のようにさらに続ける。
「まったく、あいも変わらず黴の生えた下らんシステムで貴重な資源を無駄にする……」
「それ、朽木隊長なんかが聞いたら憤慨しますやろなあ」
「貴族というのはとどのつまり、この腐ったシステムの墓守だからね」
市丸は視界の上端で、藍染の口元がわずかに歪むのを確認する。
彼はどうも日番谷という件の少年ではなく、もっとその先を見つめているようだ。
そのような藍染は嫌いではないにしろ、一たび含みごとをすると
すぐ自分を忘れてしまうところがある。その癖を市丸は少し気に入らない。
月光が無防備に、市丸から意識が離れた藍染を照らす。
死覇装の漆黒に白い隊長羽織が色を重ねている。
崩すことなくきちんと整えられたそれらは、
藍染という男そのものを指してるように見える。
そんなんちゃうで、と市丸は思う。
さらに上部に眼を向ける。
形のよい白い首筋がすっと伸び、月明かりにさらされて蒼い影を作る。
やや厚い眼鏡のフレームに茶褐色の前髪がかかっている。
その穏やかで思慮深い眼差しは眼鏡の奥に隠れてよく見えない。
そんなんちゃうんや、この男は。
月光が映すのは下らぬ残像。
ボクが欲しいのはこんなもんやない、と市丸の心が小さく叫んだ。
叫びと共に渇きが市丸に訪れる。
白と黒に紛れたこの男の本当の色を、内部にたぎる欲望を、ボクだけは知っている。
その証でもつけようか。
見ているものは月夜だけ。たまの酔狂も許されよう。
市丸は、静かにこの男の肩に手を伸ばす。
月を遮り、夜を背負った市丸が藍染に重なる、いやなろうとした。
藍染は少しの一瞥を市丸にくれた後、首筋に近づいた彼を手で遮る。
そして、己が視線を日番谷の方に向けたまま静かに市丸に問いかけた。
「正義感が強くて聡すぎる子供は、自然界でどういう立場に回るかわかるか?ギン」
不意に訪れた自らへの問いに、市丸の動きが止まる。