二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

君に贈る花歌

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 



雨が降り続き、幾日か過ぎた後のある夕方のことだった。流魂街北の第一区のはずれの方に一人の男がいた。夜目にもわかる鮮やかな白髪の少年だった。
隊長羽織を近くの木にかけ、その少年は黙々と一人作業をしていた。付近には誰もいなかった。日が落ち、深闇が辺りを染めるまで、死臭もまだとれぬこの場所で、彼は何かを探していた。
雨が降り、ぬかるみが部下の痕跡を流しても、彼は袴を汚しながらただ粛々と続けていた。
物体を溶かすタイプの虚だった。ほとんどの形跡が消え去っていた。日番谷は少しでも墓前に添えられるものは無いかと、任務の終わった後、亡き部下達の遺品を捜していた。何も見つからない日の方が多かった。それでも、彼はわずかな霊圧の痕跡を元に範囲を広げ、ただ一人で探り回った。
たまに見つけるとほっとしたのと同時に身を切るような嘆きが日番谷を襲う。羽織の裾、袴の一部、それぞれに自分によく従え、尽くしてくれた部下の面影が自らの失態と共に重なる。嘆く資格はなかった。
乱菊を連れてくることなど決して出来なかった。彼女がいつも以上に明るいこと、そしてほんの少しだけ酒量が多いことに日番谷だけが気がついていた。日番谷はこの時間になるとわざと乱菊を他の隊員との合同任務に当たらせた。だから彼はいつも一人だった。

今日は一つ、大きなものを見つけることができた。それは折れた刀の柄の一部だった。柄の文様から、乱菊に最も懐いていたあの少女のものだとわかった。刀は死神の一部だ、といつも一番綺麗に研いでいた彼女の姿を思い出して少しつらかった。しかし、それでも見つけた喜びの方が大きかった。
暗闇が日番谷を包みはじめた。彼は今日の作業はここまで、と判断すると、足早にとある場所に向かった。

霊圧を殺し、瞬歩で移動する。目印は寂しい場所にひっそりと咲く、ある桜の木であった。若木といえども、もう花の盛りの時期を過ぎ、雨が幾分か花をちらしているであろう。桜が舞い散り彼女の墓前に色を為す、そのわずかな時期にせめて彼女が生きていたこの痕跡だけは届けたい、そう思い道を急ぐ日番谷にある一つの気配が訪れた。

それは歌だった。
どこまでも透明なその響きはどこか悲しげだった。
聞いたことのある声だった。
それが日番谷にはもっと悲しかった。
美しい女がいた。
群青が染め直しはじめた夕闇の中、
ひらりひらりとそれはいた。

白い手が花びらと共に空に舞い、風を切る。ひとさし舞うごとに、金糸の輝きを持った髪がふわりと浮かぶ。日番谷は淀みなく、粛々と続けられるそれらから目を離せず、気配を消すことも忘れ、ただ立って彼女の手の先を追っていた。夕闇に溶けるように舞い続けた女が、日番谷の気配に気づいたのはそのしばらく後だった。
「隊長……」
扇子が止まる。音が消えた。
「松本……」
身を潜めていた静寂が一瞬、二人の間を包む。
「お前、ここに来ていたのか」
「すいません、隊長」
「そうか」
日番谷はそれ以上問わなかった。問うた所で理由は知りすぎる程知っていたし、双方それを望まなかった。次に日番谷に、二つの思いが交差した。一つは同じ思いを共有していたという安堵感ともう一つ、これがこの感情でなければ、という絶望と。彼は手に持った少女の遺した柄を握り締めた。柄は何も語らず、冷たくその感触を返した。
それが彼女の、十番谷隊長である自分が殺した部下だった少女の、ただ一つの答えであり現実であった。
「すまなかった……」
誰に聞かせるわけでもない、日番谷のその言葉を乱菊はただ静かに、空に溶かした。乱菊もまた答える術を持たなかったのだ。
「私ね、昔、あの子に頼まれていたことがあるんです」
日番谷は、少し顔を上げ乱菊の方を見た。
「いつだったか、皆でたわいもない話をしている時に、私がたまに日舞を習いに行っている、って言ったら、あの子が私も習いたい、って。あの時は、皆笑ってた。誰かがあんたは日舞より盆踊りが似合うよとか、言ったりして」
「……」
「それでも、あの子ね、絶対やるってきかなかった。どうしても私と一緒にやりたい、って。だからね、言ったんです。今度の任務が終わったら、教えてあげるねって」
「今度の任務って……まさか」
日番谷の言葉と同時に乱菊は開いていた扇子をパチン、と閉じた。微かな音が止まることなく空間に流れ、二人の間に僅かな距離を作る。
「この舞、『花唄』って言うんです。来るべき春を祝い、神に感謝して奉納するそんな舞……この任務が無事に終わったらあの子に最初に教えようって……」
「松本」
そう小さく名を呼ぶと、日番谷は乱菊の側に寄る。
「でも」
彼女は、その美しい金髪で表情を隠すように下を向いたまま、彼と目を合わせることはなかった。
「春なんて、今度なんて、二度とこない。そういう場合もある。死神になって、嫌というほど知っていたつもりなのに」
「松本、もういい」
日番谷は彼女の手を掴んだ。その指先は冷たかった。彼は乱菊の手を握った。触れる自らの手も冷たいことに日番谷は気がついた。分け与える熱もなく、二人はただ冷たさだけを重ねた。
「私は、その役目をあの子達に課して、結局何もしてやれなかった!私は!」
「もういい、もういいんだ。松本!」
日番谷は何かを懇願するように叫んだ。そして彼は初めて、乱菊が髪に隠したその表情を見た。
彼女の目から溢れた涙が雫となって頬を伝う。彼女は両膝を地面につき、何かを吐き出すかのように、泣いた。
日番谷は少しの沈黙の後、そっと手を伸ばし小刻みに震える乱菊の肩を抱いた。彼女の肩は思いのほか細く小さかった。彼は半ば無意識に彼女の肩を抱き寄せた。彼女は日番谷の肩で声を押し殺して泣いた。乱菊の涙と息で日番谷の泥だらけの着物が濡れた。彼女の十本を指はまるで何かを捜し求めるように日番谷の背中を彷徨った。日番谷は左手で彼女の身体を支え、右手で彼女の蜜色の髪を撫でた。彼はそうするより他にできることはなかったし、乱菊もその先を望まなかった。悲しみの在り処を確認するかの如く、二人はそのままの姿勢でそこにいた。
ただ、花びらだけが彼らに寄り添うように音もなく静かに舞い落ちた。
作品名:君に贈る花歌 作家名:梶原