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【幻水2】赤い実のゆくえ【カミマイ】

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 暦の上で春を迎えた。彷徨うように吹く風は、道の端で固まった雪を撫で冷たい。春を迎えたことに大地をてらす陽光が暖かく感じるのは錯覚だろうか。
 カミューはそんな太陽の陽が差し込む渡り廊下の真ん中で空を見上げていた。
 快晴だった。全開の笑顔を見せた太陽は大地を照らし、冷たい風に流れる白い雲は働く人々を悠々と見つめていた。
 澄んだ青とまぶしい白を見上げ、カミューは無意識に濡れた溜息をついた。風がカミューの飴色の髪を揺らす。
そんな物思いにふけったカミューの横顔に、同じく渡り廊下を通る者たちはちらちらと視線を寄せては過ぎていく。ゆっくりと進んでいく白い雲を見つめ、カミューは自身の胸のざわめきを意識していた。
 カミューは本日何度目かの溜息をつくと、気を取り直して食堂へと続く廊下を進んだ。
 硝子の扉を開けると広い食堂は同じような騎士の平服を着た人間が集まっていた。高い天井からぶら下がったシャンデリアと換気ファン、長く並べられたテーブルと多くのイス、こすれる食器の音と友人たちが楽しく談話する雑踏がカミューを迎えた。
 カミューがこの食堂へと一人で入ったのは、ここでの長い生活で初めてだった。いつもは必ずといってマイクロトフが隣にいて、他に友人たちも一緒にいた。一人で短くできていた列に並び、手書きの本日のメニューを見つめた。トレーに湯気のたった料理がのった皿を乗せると、カミューは近くの開いているイスに座った。
 本日の日替わりランチのメニューは、サーモンのクリームパスタ、コンソメスープ、サラダ、そしておかわり自由のブレンドコーヒーだった。コーヒーの良い香りに微笑み、常備されているカミューは砂糖とミルクを入れた。
 目の前のイスが引かれる。そこに座った顔見知りと目が合う。彼は「よう」と微笑む。
「めずらしいな、お前がミルク入れるなんて」
 カミューが置いたミルクピッチャーに手を伸ばしながらジョーが言う。
「甘い気分なのさ」
「ぷっ。どうしたんだ? お前」
 カップに口をつけようとしていたジョーは唇を突き出してふきだすと、カミューを見つめた。目が合うとカミューはにこりと微笑んでフォークにスパゲティを絡める。
「ジョーこそ一人で食事ってめずらしいじゃないか」
「それはこっちのセリフだって。俺は課題出すの忘れてて出しにいったんだよ。カミューは講堂をラルフたちと出て行くの見かけたけど?」
「青空がとても美しくて…見ていたらおいてかれた」
 カミューは遠い目をして芝居ぶった口調で言う。
「お前大丈夫?青空って…詩人じゃねぇんだから」
 再びふきだすジョーはつぼに入ったのか声を上げてしばらく笑った。カミューは笑うジョーにつられて軽く笑いながらサラダのレタスをフォークで刺した。
「課題って…この前の幾何のか? あれもうとっくに期限過ぎてるだろう」
「ああ。すっかり忘れててさ。おかげでこの一週間、第二講堂の窓拭きを命じられたよ」
「あはは」
「あははじゃないって! あそこ何個窓あると思ってんだ、あのオヤジ。……ところでカミュー様?手伝ってくれるかしら」
「……そんな乙女な目で見られても気持ち悪いだけだって」
「なー、頼むよ」
「嫌だね。窓掃除なんてこの綺麗な指が荒れてしまうではないか」
「アホか。明日ランチおごるから」
「じゃあ来週の対戦相手変わってくれ」
 突然不機嫌そうなカミューの声に、ジョーはフォークの手を止めた。
「対戦って…ああ、マイクロトフか」
 カミューの不機嫌の理由を察したジョーはニヤニヤと笑い出した。カミューの眉間にしわが寄る。
「親友のマイクロトフは喜んでるぜ。偶然にもお前とあたって。頼んでもいつも断ってばかりだしたまにはいいじゃねぇか。お前ほどの腕があるならマイクロトフと対戦してみたい、とは思わないか?」
 皿に残った最後のサラダ菜をぱくりと口に運びながらジョーは笑った。自分より進んでいるジョーの食事に気づいて、カミューは溜息を吐きつつも手を進める。
「長年マイクロトフの隣にいれば、手を合わせたことは何度かあるさ」
 だから嫌なんだよ、とカミューは苦笑した。力強い彼の剣を何度も受けるとしびれるし、参ったと降参してもふざけるなと怒ってしつこいし。
「悪いけど俺も相手するのはお断りだな。だがしかし。窓拭きは手伝ってくれ」
「嫌だ」
「頼むよ」
「だめ」
「なー、お願いっ」
「嫌だったら嫌だ」
「この通りっ」
「ところでジョー」
「なんだよ」
「最近マイクロトフのことを考えると胸がドキドキするんだけどこれって恋だろうか?」
「ブーッ!」
 真剣な眼差しで言うカミューにジョーは口に含んだコーヒーを吹きだした。