影踏み(1)
「兄ちゃん、よく眠ってる…。良かった」
「おおきに、イタちゃん。後は俺が看ておくからもう先に休みー?」
「うん、ありがと。じゃあ、兄ちゃんをよろしくね?」
ベッドにロマーノを寝かせて、色々身の回りのことをしたイタリアはその部屋にスペインとロマーノを残して、静かにドアを開け退室した。
あの後、スペインに背負われながらまたフランスの家に帰ってきたロマーノと、その後を心配そうについてきたイタリアだったが、やはり一旦意識を失った
ロマーノがすぐ目覚める気配もなかったので、「今夜は泊まって行きな?」というフランスの申し出をありがたく受け取ったのだった。
「ヴェー、兄ちゃんどうしちゃったのかなぁ…。スペイン兄ちゃんも元気ないし…」
「まぁ、また朝になったら聞けばいいさ。あの状態だと、今聞いても無理そうだし。ほら、イタリアもこっちの部屋で寝な?」
「うーん…そうだね、また明日ちゃんと聞こう〜。じゃあおやすみなさい、フランス兄ちゃん」
「ん、おやすみ。寂しかったらお兄さんが添い寝してやるから言っていいよ?」
少しでも元気づけようとしてくれているのか、軽口を言ったフランスに笑顔を返したイタリアは、別に用意された寝室に入った。
「やれやれ、まぁ普通じゃないもんな…あんだけ弱ってるロマーノも珍しいし、やっぱり不安だよなぁ」
いきなり家を飛び出したかと思ったら、次に見かけたときにはひどく弱っててスペインに支えてもらっている姿になってるなんて、どう考えても変だ。
(それに―――――)
首に残った指の痕、明らかな爪傷…。
帰ってきてからロマーノを着替えさせたイタリアも気付いてたはずだが、あの首筋の傷はそう浅くはなかった。あの指の痕はちょうどいい位置だった。そう、
首を絞めるときには。
(例えば、ひったくりに遭って首締めて口止め、なら分かるけど、爪で傷つけて、だろ?あれは首を締めたからついた爪痕じゃないしねぇ…。傷つけて楽しむとか
、どんだけ変態だ…?)
"変態"と考えて思いついたのは、金髪で眉毛の濃い、悪縁である似非紳士だったが、そこまで考えてフランスは、さすがにそれはないか、と自分の考えに苦笑
してその思いつきを捨てようとした。
(いや、まてよ…?そういえばあの兄弟はアイツに捕まったことがあったよな…?それに、ロマーノならそれ以前にも、あの時代のスペインとの争いに巻き込まれた可能性もあるな…?)
勘ぐりすぎだ、と思いながらも可能性を否定することもできなかった。イギリスに対するロマーノの怯えようは尋常ではなかったから。
…事情を聞くのはまた今度、って悠長なこと思ってる場合じゃなさそうだなぁ…。少し、アイツに聞いてみる必要がありそうだ。そう思って、目の前にあった
携帯電話をとって、その悪縁の変態に電話をして近々会う約束を取り付けた。
その電話の相手が外出先で、しかもそれがまさか自分の家付近だとはフランスは気付ける由もなかった。 そして、その電話の相手がツンデレな口調とは裏腹
にいつもの悪い癖があらわれた、嫌な含み笑いをしていたことにも。
――――その夜、ロマーノは夢を見た。もう二度と思い出したくなかったし、夢でさえ見たくなかったときのことを。