影踏み(1)
そう言ってロマーノの首に手をかけたところでイギリスの後ろから怒鳴り声が聞こえた。その声は、先程までロマーノを追いかけていたであろうスペインの声
だった。
「…何だぁ?スペインかよ」
「ロマーノからその手ェ離せや、どつくで?だいたい何でお前がこんなとこにおんねん、そんなにフランスに会いたかったんか?」
「そんなんじゃねー、あいつにやった薔薇が…っと、そう話を逸らして隙うかがって奇襲、なんてきかねぇぜ?」
「アホ、誰がお前みたいな汚い手使うか。いつになっても変わらんな、ヤンキーは」
「…テメェ、口のきき方には気をつけた方がいいぜ?こっちの手には、誰が居るんだっけなぁ?」
「!!ぅ…ぁっ、…っ!」
そう言って、イギリスは先程ロマーノの首にかけた手に力を入れ、親指で喉仏のあたりを圧迫した。ロマーノは小さく呻くと、苦しそうな表情になり、その手
を外そうと足掻いた。その様子を愉快そうに眺めて、さらに指に力を込めると、イギリスの指の爪がロマーノの首に食い込み、痛みが増した。うまく息ができな
いロマーノは、すっかりパニックになってしまった。目尻には涙が浮かび、ロマーノの緑がかった深茶色の瞳を潤ませ、顔は赤くなり嫌な汗が浮かび上がった。
「ロマ!!」
「さて、どうしたもんかな?このまま力入れてみても楽しいかもな?」
「ロマを離さんか!こンのド腐れが!!」
「ハハッ!その悔しそうな顔、それが見たかったんだよ!テメェの悔しがる顔を見たのは何世紀振りだ?傑作だな!」
「っ!」
耐えかねたスペインがイギリスに殴りかかろうとしたそのとき、消え入りそうな声が聞こえた。これだけ互いに血が上った状態でよく聞こえたものだ。
それが、少なからず驚きを隠せないような内容だったからかもしれない。
「っもぅ、いいですから…何でもしますから、すいません…!イギリス様っ、許して下さい…」
「はぁっ?ロマ、何言うとんの?こないな奴に"様"なんてつけんでええって!!」
「・・・ふん、自分のボスより殊勝な心掛けだな。こいつの言葉に免じて、このくらいにしてやるか。これ以上やったらマジで堕ちそうだしな。…ほら、返してやるよ
、テメェが大事におキレーに育ててきた"つもり"の子分をな」
「"つもり"、ってどういうことや!!」
「あぁ?おい、お前、まだ言ってないのか?まぁ、言わなくてもいつか他の口が喋ってくれるかもしれねぇしな!?ハハッ!」
明らかに劣情を逆撫でするような言葉を吐かれても、頭に血が上っても、ロマーノは唇を噛んで俯くしかなかった。
「訳分からんことばっかりよう喋る。今度その喉潰したるわ。それともその舌斬り落としたろうか?」
「俺の皮肉が通じねぇとはバカだな。高度すぎて単細胞には分からないか!ま、せいぜい猫っ可愛がりしてやれよ、"ボス"?じゃあな!アッハハハッ!!」
「もう二度とツラ見せんなこの眉毛!死にさらせ!!」
投げる捨てるようにロマーノを歩道に解放するとイギリスは振り返り、背を向けたまま二人に一度だけ手を振った。スペインが暴言を叫び続けていたが、聞こ
えていないかのように、イギリスが振り返ることはなかった。
「っ…かはっ、げほッ…息できねぇ…」
「ロマーノ!大丈夫だったか?!あーもぅ首に傷ついてんねや…指の痕も赤ぅついてるやんか…」
道端に転がされていたロマーノがのろのろと体を起こすのより早く、スペインが駆け寄り、ロマーノの体を背中から支えた。
「何でなん?ロマ、何であんな奴の言いなりなん?しかも何でそれが普通みたいになってんねん?!」
「っせー…テメェには、関係ねぇじゃねぇか」
「関係あるわアホ!子分が困っとんのに親分が何も関係ないとかありえんやろ!」
「いつまでも親分面すんな!…俺は、お前の何なんだよ!それに…あのときのことは…、もう、言うのも思い出すのも嫌なんだよ!お前だって、”あのとき”気づいてたんじゃねぇのかよ!?
…もう、放っとけよ…!頼むから!」
体を丸めて自分を抱くように縮こまっているロマーノは震えていた。スペインは震えるその肩を抱いて傍にいてやることしかできなかった。
頼んで欲しいんはそんなことやないんよ、ロマーノ…。なぁ…
「ロマーノ…」
何を言っても、今のロマーノには届かない、そんな気がしたし、実際に何度も話し掛けたが何も応えてくれなかった。
あまりにも帰りが遅いことを心配して後から駆けつけたフランスとイタリアが彼らを見つけたのは、それからだいぶ時間が経ってからだった。
暗くなっていく視界の端にフランスと自分の弟の姿を見たロマーノは、視界を占めていく暗闇に意識を手放した。