影踏み(1)
ロマーノが予想外の敬称をつけたことにその場にいた全員が驚いた。女の子以外の誰に対しても態度が大きく口が悪いロマーノが誰かを敬称付きで呼ぶことは皆無で
誰もが耳を疑った。ロマーノ自身は自身が発した言葉の違和感に気づいていないようだった。
ただ、イタリアだけが以前にも聞き覚えがあった。
「兄ちゃーん、もうイギリスの捕虜じゃないんだから、あのときみたいに"様"つけをしなくてもいいんだよー?」
「ん?捕虜のとき、イギリスのことそう呼んでたのか?」
「うんー、イギリスの捕虜だったとき、兄ちゃん、イギリスのご機嫌とりのためにそう呼んでたはずー」
捕まっていたそのときは、兄弟で喋っていてうるさくしていたことを全部弟のイタリアのせいにして(…兄としてはあるまじき行為だが、あまりにもロマーノが
ヘタレなためだろう)、イギリスを"様"付けしていたことがあった。「すみません、イギリス様。こいつが一人で騒いでいたんです」という感じで。
「なるほどね。それが今更出てくるなんて、よっぽどトラウマか癖になってるかだな」
「もうそんな呼び方せんでえぇねんで?ロマーノ」
からかうように笑ったスペインが未だに黙ったままのロマーノの肩に手をポンと乗せた瞬間、弾かれるように急にロマーノが立ち上がってスペインを見た。
そのとき、ロマーノはようやく自分が異様な発言をしたことを自覚したようだった。
「…ぁ、スペイン…?…どうしたんだよ、てめぇらも何で俺見てんだ?」
「いやー、ロマーノが珍しいこと言うから、なぁ?」
フランスは茶化すように言ったが、
「俺…今何か言った、か?」
「言った言ったー、イギリス様とか何とか。お前、まだ気にしてるワケ?忘れなって〜、あいつの捕虜になったことなんて」
「…!?また俺、それを…。まだ、俺は・・・」
「ん?どないしたん?ちょぉっ!ロマーノどこ行くん!!?本当に不思議な子やなぁ!」
何かを呟いたかと思った矢先、ロマーノが走って家を飛び出していってしまった。その後ろを驚いて一瞬反応が遅れたスペインが追いかけていった。
リビングに残されたフランスとイタリアは不思議そうに顔を見合わせたあと、フランスが肩を竦めた。
「(何か、あったのか?単なる捕虜生活だったってわけじゃなさそうだな…)」
イギリスを敬称で呼び、怯えた表情をして必要以上に緊張していたロマーノを思い返して、フランスは一人思考をめぐらせた。
同じように捕虜経験をしたであろうイタリアは、こうして既に立ち直り笑い話にできている。いくらロマーノが弟のイタリアよりネガティブで神経質だとしても、この反
応の差は不自然だ。
「兄ちゃん、まだ囚われてるのかな?あれじゃまるで影にすら怯えてるみたいだったよー」
誰の、とは言わなかったが、十中八九イギリスの影だろう。
しかし、何故そこまで怯える必要がある?
(今度…それとなく聞いてみようかね、当の本人に。)
「よし、俺達も追いかけるか。どうにも気になる」
珍しく真面目な声色で呟いたフランスに、イタリアも大きく頷き、二人の後を追ったのだった。