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【幻水2】White Love【カミマイ】

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 穏やかな風はとても冷たく、男の首筋を撫でては流れていった。
 男は旅人だった。草色の汚れたマントを寒さのためか体に巻きつけ歩いていた。何を考えているのかその顔に表情はなく、ただ前方を見つめ歩を進めている。それでいて、その一歩一歩を大切に踏みしめている様だった。
 グラスランドの広い空は厚い雲に覆われ、神の象徴である太陽の姿を隠していた。そのせいなのか、あたりに漂う空気はとてもするどく、人々はその旅人のようにマントや衣服で首元まで隠し、体を縮こまらせている。
 男は自分の吐く息が白いのに改めて気づき、面白げに深く息をし笑った。
 ひらひらと白い羽根のようなものが舞い下りてくる。旅人はそれに気がつくと、不意に足を止めゆっくりと天を見上げた。
「……雪か……」
 まるで天使が落とした羽根ような雪が降ってくるのを、男はただじっと見上げていた。
 あっという間に、大地が白く色を変えてゆく。
 雪を取るように男は手のひらを上にし、その手に舞い降りた雪のとける様を見つめる。
 そして、旅人はかの人を思い出し笑みを浮かべた。
 その微笑は、とても優しく、とても悲しげであった。












 暖炉にくべた薪がパチパチと音を立てる。窓の外では白い雪がはらはらと舞を踊っていた。
 暖炉の近くに置かれたソファにゆったりとカミューは体を預けていた。組んだ脚の上には葡萄(えび)茶色の厚い本が置かれ、難しい顔で項をめくっている。
 部屋にはカミューのめくる紙の音と、暖炉の火の音しかなかった。雪が音を吸収するせいもあり、外からも音は聞こえない。とても静かだった。
 ぱちん、という暖炉の音に、カミューは本から顔をあげ暖炉に目をやり立ち上がった。
 暖炉の前にしゃがみ、鉄の棒で炭になった薪を転がし一つにまとめると、新しい薪をそれを囲むようにくべた。はじける音がし、その薪が赤くなり始める。
 カミューは無言でソファに戻り、いくらか乱暴にソファに座った。無造作に伸ばした長い脚が、テーブルにぶつかる。
 テーブルには冷え切った紅茶の入ったカップが二つ置かれている。二つともほとんど口をつけられておらず、紅色の茶は淋しげに揺れていた。
 カミューはその二つのティーカップに視線を落とすと、すぐに目をそらし、ふうと溜息をついた。何かを思い出し、気にせずに文章に視線を戻すが、その表情は渋い。無意識にもう一度息をつき、カミューは揺れるダージリンティーを見つめ、先程のあった出来事を思い出していた。

「……今…なんて…」
 マイクロトフは驚いた顔で、持ち上げたティーカップに口をつけぬままソーサーに戻した。
「……グラスランドに行くと決めた。もう、ここには戻らないつもりでいる」
 静かに呟いたカミューの声にこたえるように、暖炉の薪が音を立てる。だが、そんな音もマイクロトフの耳に入らなかった。
「そういう冗談はよしてくれ」
 うつむくカミューをじっと見ていたマイクロトフは、視線をそらすと低い声で言った。カミューは息を吸いながら顔を上げ、真剣な顔でマイクロトフを見つめた。
「……もう、サルジには言ってある。明日には皆に正式に発表するつもりだ」
 マイクロトフはそう言うカミューを今度は怒りを含んだ視線で見つめた。カミューは目をそらさなかった。
「………」
「………」
 暖かい紅茶の良い香りがする。
「……何故、俺に言わない」
「……すまない」
 膝の上に置いたマイクロトフの両手は強くにぎられ、その拳は微かに震えていた。
「この一年間、騎士団再建のため二人で頑張ってきたじゃないか」
「………」
「……部下たちもお前を敬い、信頼してついてきてくれたじゃないか。それを裏切るのか」
 カミューは膝の上のマイクロトフの拳に目線を落とし、静かな表情でマイクロトフの低い声を聞いていた。
「……あの戦争が終わってから…ずっと考えていた」
「…カミュー……」
「もちろん、悩まず考えたことじゃない。ただ…あの戦争ではいろいろ考えさせられることがたくさんあった」
「………」
 カミューは紅茶を一口含むと、ゆっくりとそれを戻す。静かな部屋に、陶器のこすれる音はやけに大きく聞こえた。
「……俺のことは…」
「マイクロトフ……」
 マイクロトフの声はとても苦しげで、カミューは彼がまさか泣いているのかと、マイクロトフの顔を見る。彼は泣いてなかった。ただ、ひどく悲しげな瞳をして、カミューは胸をしめつけられる痛みを感じた。
「………俺の隣にはいつも自分がいると言ったのは…お前だぞ……っ」
「………」
 マイクロトフは心にぽっかりと穴があいた虚無を感じていた。ここを去るというカミューと、離れたくないという女々しい自分の気持ちに焦燥する。相談もせずに決められたことに、胸からこみ上げてきた塊に喉がつまった。すごく頭にきているときと似ているが、これは違った。とても、悲しいのだ。
 もしかしたら彼は自分と離れたがっているのではないかとふと思い、涙が出そうになった。
「……初め、から俺のことなど…考えてもいなかったのだろう。決まった後で…突然聞かされて……お、俺がどんな気持ちになるのか考えもしなかったのだろう」
「……っ」
「俺に相談もなしで決めると言うことは、結局そういうむことだろうっ」
「違う、マイクロトフ」
「…本来なら…お前の決心した旅立ちを笑って見送ってやるべきなんだろうが…」
 マイクロトフはうつむくと、唇を噛み首をふる。
「そんなの…できるわけないじゃないか!」
 そう叫ぶと、マイクロトフは勢いよく立ち上がった。そのまま出口に向かう。
「ついてくるな!」
 その声に、同じように立ち上がったカミューはびくりと固まり、目の前で扉が乱暴に閉まるのを見つめた。