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【幻水2】雪の天使のおくりもの【カミマイ】

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 あのときの言葉は忘れられないと笑うと、彼はいつも赤くなる。






 午後から降りだした白い雪は、この草原の街を自分の色に染めていった。
 この地に住む人々は、そのめずらしい空からの贈り物に、後の仕事に支障をきたすこととわかっていながらも、子供たちが嬉しそうに外をかけまわる姿を眺めては笑みを浮かべていた。
 そう。今日、この日は、神の降誕を記念する祝祭の日であった。
 クリスマスというこの日は、ここより北方の地の宗教の祝い日であるが、ここグラスランドでは家族や恋人など大切な人と過ごす習慣がある。人々は、常緑樹であるモミの木に飾りをつけてはクリスマスというイベントを楽しんでいた。
 外のクリスマスツリーに飾りではない自然の雪が降り積もり、叙情的なその雰囲気に街の女性たちは目を細める。やがて日が落ち、あたりが暗くなり始め、雪飾りのツリーは街頭にきらきらと光を反射させていた。
 夕餉の時間も過ぎる頃、弱くなっていた雪がさらに弱くなる。
 いつもは暗くなる夜は、雪の白さにしんとしてぼんやり明るい。家屋の窓からは暖かい明かりがもれ、雪に窓の形の模様が浮かび上がる。
 その酒場からは談笑する男女の声がした。鋭き冷たい静かな外の寒さとはまるで違う暖かさで包まれている。 カミューは窓から見える雪から笑いあう人々に視線を移し、微笑んだ。
 白い葡萄酒の入ったグラスを傾け、甘い舌触りに喜ぶ。グラスが揺れるとワインの中の可愛い気泡が上に向かって浮いてくる。このシャンパンは、ここにいる皆に女主人がクリスマスだからといってサービスしたものだ。
 カミューは酒場の一角のテーブルについていた。カミューは座る椅子はいつも同じだった。一人できては派手な主人がすすめる酒を傾け静かに飲んでいた。
 良い香りがする。思わず食欲が湧き出る匂いであった。肉の焼ける匂いと、とろけるようなクリームの匂い。
「カミューおじちゃん」
 幼い子供の高い声に、カミューはむすっとした顔をむける。
 そこには小さい手で白い陶器の皿が乗ったトレイを持った女の子が笑っている。
「おじちゃん?」
 低い声でカミューは言う。
 少女は憮然としたカミューの視線に笑い、トレイをテーブルの上に置いた。
「あはは、冗談だよ。怒らないでカミューさん」
 舌足らずの子供が名を呼ぶと、カミューちゃん、と聞こえて面白い。
「えっと、これね、お母さんがね、カミューさんにって。ターキーと、クリームシチューだよ」
「うまそうだ」
 八重歯をのぞかせてにっこり笑って言うヴェルの笑顔にカミューも微笑んで、テーブルを挟んだ向かいに座らせる。
「あのね、あのねっ。これねあたしが作ったんだよ! シチューの野菜ね、あたしが切ったの!」
 自慢げに言うヴェルにカミューは大げさに驚いてみる。褒めてやると彼女は赤くなって微笑んだ。
 ヴェルはこの店の女主人の愛娘である。年のころは五つで、以前一緒に遊んでやった記憶があるピリカを思わせる。栗色の髪を両脇に結び、赤い林檎のような頬が愛らしい。
 カミューがこの酒場を訪ねるようになって一ヶ月、初めは背の高い彼におびえていたヴェルはすっかりなつき、カミューを兄のように、父のように慕っていた。この幼い少女には父親がいないのだ。
 カミューはカウンターにいる女主人に礼を言うと、食べにくそうにしていたヴェルの分のもも肉をほぐしてやる。
「このパリパリの皮がおいしいよね。あたし、クリスマスってご馳走食べれるし大好き」
 カミューが食べやすくした肉を頬張りヴェルが言う。
「それにね、昨日の夜ね、サンタさんが来たんだよ! 靴下の中に手袋が入ってたの!」
 これ! と言って右のポケットから赤い毛糸で編まれた手袋を取り出しカミューに見せ付ける。
「でも、靴下に手袋ってセンスがないよね、サンタさんって」
 真面目な顔でいうヴェルにカミューは声を出して笑った。おかしそうに笑うカミューにヴェルはきょとんとする。
「カミューさんももらった?」
「大人はもらえないんだよ」
 カミューが苦笑して言うと、大人って損ね、とヴェルが大人ぶって言うので、カミューはまた笑う。
「嬉しかったかい?」
「うん! あたしずっと新しい手袋が欲しいって言っていたの」
 雪遊びをするんだ、というヴェル言葉にカミューは窓の外に目をやった。この酒場に来るとき降っていた雪はもう止んでいて、葉の落ちた木の枝が白くなっている。
 カミューは食べ終わると赤い葡萄酒を頼み、ヴェルは持ってきた時と同じように皿をトレイに乗せ調理場へ運んでいく。すぐにまた戻ってくるだろうと思っていたヴェルは、皿洗いの手伝いをしているのかカミューの前に現れなかった。
 ぼうっと一人、外の雪景色を眺め、カミューは彼のことを思い出していた。
 寒さはきついがめったに雪の降ることのないこの草原の国で、積もるほど雪が降ったのは何年ぶりだろうか。ここで降ったのならば、彼ががいる国では必ず降っているはずだ。今頃明日の除雪作業に、彼のことだしわくわくしているに違いない。
 雪かきをしている楽しげなあの笑顔を思い出して、胸が熱くなる。
 マチルダを去ったカミューが故郷の街を訪ねると、何年ぶりかに会った両親は笑顔で彼を迎えた。しばらくぶりの再会に、互いにいろんな話をし、カミューはかの戦いのことを語ると、もう年老いてしまった両親はカミューの成長に涙を流すのであった。
 そこにしばらく滞在した後、カミューは流浪の旅に出た。いくつかの街や村を転々としながらも、もう一つの故郷に残してきた彼への手紙を欠かすことはなかった。彼は手紙が届くとすぐに返事を書いてくれるようですぐに返事がくる。カミューはそれが嬉しくて、その地に着いたらまず彼に手紙を出し、返事が返ってくる頃にまた旅立つという生活をしていた。
 二人とも、会えない淋しさを紙の上のつながりでまぎらわせているようだった。
 カミューがこの街に滞在して、一ヶ月が過ぎていた。この酒場にも通うようになり、顔見知りもでき、カミューは楽しい日々を送っている。
 しかし、彼からの手紙はきていない。
 カミューが手紙を出してから、二週間ほどでいつも返事は届いていた。この街に腰を落として二週間が過ぎ、明日にはくる、明日にはくると待ち続け、気がつけば一ヶ月が過ぎてたのだ。
 手紙が来ないことに、やはりとカミューは自嘲気味に笑った。
 いつまでも遠くにいながら縛っておくことはできない。
 彼は自由だ。
 いつまでも自分だけのものではない。