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【幻水2】雪の天使のおくりもの【カミマイ】

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 ――カランカラン。
 ベルの音にはっと我に返る。同時に冷たい風が肌に触れた。
 金属の音は酒場の出入り口の扉にある鐘の音だった。扉が動くたびに鳴る仕掛けになっていて、今日はクリスマスの飾りつけがされている。
 カミューの座っているテーブルは出入り口の近くのせいだけあり、誰かが扉を開け閉めすると外の空気が入り混む。それを皆は嫌って暖炉の傍の席に着くが、カミューにはその時折入ってくる冷たい風が好きだった。
 ふと正面を見れば、先程のイスにヴェルがちょこりと座っている。
「ラウルおじちゃん、寒いよう。早く扉閉めて」
 ヴェルが口を尖らせて言うと、五十過ぎのその男は笑って「ヴェルちゃんにはかなわねぇや」とすぐに扉を閉めた。
「明日おじちゃんのお店に買い物に行くね。いつものあれ残しておいてね」
「おお、来てくれるのかい。んじゃ、いつもの倍うまいパンをやいてやらぁ」
「ありがとう! おじちゃんのパン大好き!」
 ヴェルがそう褒めると、ラウルは照れた様子で頭を掻き、奥の仲間たちのテーブルに向かった。
 ヴェルの前には湯気のたった白い陶器のカップが置いてある。
「明日ね、お母さんと隣町に買出しに出かけるんだ。久しぶりのお出かけだから楽しみなの」
 手袋もしていくの、とヴェルは言う。
 この街から東に少し言ったところにこの街よりは小さい街がある。マチルダから街道の村ほどの距離だろうか。カミューも初めはあちらの街に着き、この街に流れている。
「無くさないように大切にするんだよ」
 うなづくヴェルの手に、銀色の輪があるのに気がつく。
「ヴェル。それは?」
「これ? えへへ、ツリーの飾りだよ。天使のわっかにするんだ」
「天使?」
「うん。今日はクリスマスじゃん」
「?」
 クリスマスと天使にどんな関係があるのかと、カミューが疑問に思っているとヴェルは驚いた顔をする。
「雪の天使の伝説だよ。カミューさん、知らないの?」
「伝説?」
「えっとね、クリスマスの夜に恋人と一緒に雪で天使を作ると二人は幸せになるっていう伝説。その天使の輪にツリーの飾りを使うんだよ。でもね、飾りは誰にも気づかれずに取ってこなくちゃダメなの」
 飾りをつるした紐を持ってゆらゆらと揺らしながらヴェルは言った。
「クリスマスに雪が降らなくちゃダメだからなかなかできないんだよ」
「面白い伝説だな」
「あたし、この伝説はみんながやっているものだと思ってたよ」
 まだ幼いヴェルの世界は、この街と隣の街ぐらいなのだろう。同じ国のカミューの実家では聞いたことがないので、やはりこの地方独特の伝説なのだろう。
「お母さんとお父さんも雪で作ったんだって! あたしもね、いつか恋人ができたら一緒に作るんだ」
 将来を想像しているのか、満面の笑顔で飾りを見つめるヴェルからカミューは外の雪に目を移す。
「カミューさんは大切な人いるの?」
 その質問にカミューは悲しく笑い、いるよと静かに答える。どこか悲恋なことを感じたのだろう、ヴェルの表情が曇る。
「遠いところ残してきたんだ。私の恋心も一緒に置いてきたはずなんだが、どうやらついてきてしまったみたいだね。その人に会いたくてたまらない」
「カミューさん……」
 悲しげに呟くヴェルを見て、カミューはグラスのワインを飲み干す。
「カミューさん、これあげる! もらって!」
 ヴェルは銀色の飾りをカミューにさしだした。突然のことにカミューは眉を上げる。
「これ誰にも気づかれずに取ってこれたんだよ。これで…天使を作らなくても、持ってるだけでも幸せになれるよ! きっと! そのカミューさんの大好きな人とも幸せになれるよ」
 ヴェルが早口で言う。少女なりに慰めているのだろう。カミューはヴェルを愛しく思い、ありがとうと受け取った。
 手の中に落ちた銀色の輪は、ヴェルの手ににぎられていたせい暖かくなっていた。
「……カミューさんの好きな人って…どんな人だろ…」 ヴェルが低い声で小さく言う。
「……ぴんと張った糸のような人だよ」
 うつむいていたヴェルの顔がばっと勢いよくあがる。
 カミューはかの人を思い出していた。