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雨垂れ◆乾海

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 下方に視線を向けて、濡れてしまった靴を見つめる。つま先の部分が少し濡れてしまったが、ひどい汚れはついていないのでほっと安堵した。乾かせばいい。
 ひたいに張り付いた前髪からぽたりと水滴が落ちる。かなり濡れてしまった。
 テニスバックをあさりタオルを探した。しかし、手で探っても柔らかい感触が見当たらない。どこかに置いてきたのだろうかと不安になり、ふと自分のロッカーに置いた青いバンダナと白いタオルが浮かんでくる。
「……あ」
 帰ることに急いてしまい置きっぱなしにしたことを思い出した。練習の後、汗を拭いた汚いタオル。明日持って帰ればいいだけだが、めったに忘れないものをどうしてこんな日に忘れるのかと嘆息する。後ろを振り返って、売っていないだろうかと考えるが、画材屋にタオルがあるほうがおかしい。
 犬のように首を振って水気を飛ばす。湿って重たくなった髪がパチパチと頬にあたって痛かった。効果がないことを知ると、今度は片手でかき回し水を切る。
「あれ? 海堂?」
 耳に慣れた声にビクンと身体が反応する。
 心臓が一気に駆け足になった。
「い…乾先輩」
 どうしてこんなところにと言う様に名を呼んで彼を見つめると、彼の顔も同じ事を聞いていた。
「ああ、美術で使うスケッチブックがなくなってね。買ってたんだ」 
 青いビニールの袋に入ったB4大の買い物を持ち上げて乾は笑う。それがすぐに険しくなったかと思うと、暖かい手が髪を梳かす。
 海堂の心臓はぴきんと凍る。
「ボサボサだよ、海堂。ひどく濡れてるね。走ってきたの?」
「あ……はい。タオル、部室に忘れて…」
 乾の手から逃れて身をよじる。
 触れられたところから溶けてしまいそうだった。
 乾のこういう優しさは、時に心が壊れてしまいそうで迷惑だ。緊張している自分を知られたくなくて冷静を装うが、顔に熱がのぼってくるのを隠せずうつむいた。
 その行為が乾には落ち込んでいるように見えたのか、はい、とタオルが差し出される。戸惑ってタオルを呆然と見つめていた。
「部活後に使ったやつだけと、良かったら使ってくれ」
「いい、いいっすよ、平気です」
 慌てて首を振る。
 その優しさに困惑していると乾は苦笑する。そしてふわりとタオルが浮いたかと思うと、海堂の頭に押し付けられていた。
「汗臭いタオルで悪いが、我慢してくれ」
 乾は言いつつ少し強引に動かす。まるでペットの犬の面倒をみているかのようだ。
「そんな意味じゃ…っ」
「わかってるよ」
「………」
 海堂は慌てて身を引くと乾の手から逃れる。
「ありがとうゴザイマス……」
 微笑む乾を見て礼を言うが最後まで見つめることはできなかった。どうしても視線が下方に泳いでしまう。
 どくん、どくんと、自分の心臓の音が耳元で聞こえていた。
 自分が緊張しているのだと自覚するのも嫌だった。
 先程の乾よりは丁寧に髪を拭いていく。
 乾のにおいがした。前に一度行ったことのある乾の部屋の匂いだった。胸がドキンと高鳴りキュンと甘い痛みが走って、海堂は顔をしかめた。
「せ、先輩も、傘ないんスか」
 雨に打たれるアスファルトを見つめながら問う。
「ああ。予報では確立は低かったしね。置き傘あるけど、学校出るとき降ってなかったしな」
 菊丸からも好評の低い声で答えると、乾はタオルを受け取るための手をだしてきた。それを見て海堂は首を振った。不思議そうに見つめる乾を見上げる。
「洗って返します」
「や、気にしなくていいよ」
「洗います」
 湿ってしまったタオルをぎゅっと握り締めて言うと、乾は眉を下げて笑い、悪いねと呟いた。
 ぽつん、ぽつんと屋根から雨粒が垂れてくるのを、強い雨を背景にして見つめた。
 さああ、という水音は冷たく響いている。
「靴、濡れちゃったな」
「あ…すんません」
「謝ることはないだろ」
 悪そうに謝る海堂に乾は慌てて笑った。
 海堂の履いていた青いラインの入ったシューズは、先日乾とスポーツショップに行った時に、乾に相談にのってもらい決めたシューズだった。自分のプレイスタイルを考えて、着地時の安定と瞬発力のために土踏まずの部分に特徴があるシューズ。
 海堂はこのシューズをとても気に入っていた。
 別に先輩に選んでもらったからじゃない、と海堂は自分に言い聞かせた。
 ちがう、先輩のことなんか好きじゃないと、心の内で隣の先輩を見つめて離さない自分を叱咤する。
 だがすぐに、近くにいるだけでこんなに緊張してるくせにと、頭の固い自分を苦笑した。
 乾がかまってくれるのがすごく嬉しかった。強くなるためのアドバイスをくれることに感謝していた。自分だけが特別と考えるほどうぬぼれてはいない。けれど、乾が優しくすればするほど欲が出てくる。
 一度それが恋愛感情かもしれないと気づいてしまってからはもうだめだ。想いを忘れることはできなかった。
 その想いに視線がいかないように、ふれないように、目をあわさないようにしていた。
 こんなにも胸が熱くなっているのに。
 心地よい沈黙が二人の間におりる。
 だんだんと落ち着いてきた心臓の音だけを感じていた。
 冷気に冷えた指先をもむ。
 首にかけた乾のタオルから再び乾を感じて、胸が痛い。
「やまないな……」
「さっきよりは…弱くなったスけどね…」
 乾はこの雨が止むと考えているのだろうか。
 そう思って、海堂はここで何を待っているのだろうと考えた。
 乾と同じく雨が止むのを待っているのだろうか。それとも小雨になってたら走って帰るつもりなのか。
 ぽつんぽつんと、雨垂れが落ちる。
 下にできた水たまりに落ちては波紋をつくる。
 ぽつん。ぽつん。
 雨垂れが落ちるたびに、胸がなる。
 ふう、と乾が大きく息をつく。
 海堂はこのままもう少しいたいと思った。
 何かを語り合うわけでもなく、ただ並んで雨をみつめているこの状況を楽しいと思っていた
 落ちる大きい雨粒を目で追う。
 水滴が落ちるたびに、少しずつ心の距離も近くなっていけばいいのにと思ってすぐに打ち消した。
 期待なんて自分らしくない。
「なあ、海堂」
「っス」
「もし、俺が傘持ってたとして、相合傘して行こうって言ったらお前入ってくれた?」
「…なんで、そんなこと聞くんすか」
「……いや…別に。なんでもないよ」
 乾には珍しく歯切れ悪く話をやめる。
 海堂は黙って言葉の意味を考えた。
 入ってくに決まってるじゃねぇかと、前を向く乾を横目で見上げて心の中で呟いた。
 相合傘かとその光景を想像して、笑いそうになる。
 治まり始めていた心臓の動きが再び忙しくなってくる。
 それが雨垂れの落ちるリズムと合っていることに気づいて、海堂は小さく吹きだした。乾は気づいていない。
 二人は無言のまま、しばらくそうして立っていた。
 さああ、さああ、と雨の音だけが二人を包んでいた。
 落ち続ける雨粒を見つめ、鼓動をききながら、海堂は少し幸せな気分で隣の乾を感じていた。
作品名:雨垂れ◆乾海 作家名:ume