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二月

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練習のない日の朝は、後ろのドアから教室に入る。それは単に、普通に昇降口から校内に入り教室に向かうと、先に後ろ側のドアに到着するからだ。朝練がある日は、部室から直接教室に向かったり、途中で自販機に寄ったりと、色々な場所を経由して向かうから、入るのは前からだったり後ろからだったりと日によって違うけれど、普段は朝からそんな風にふらふらする必要なんてないし、それに何より、寄り道をする時間的余裕がない。
 だから今日は、チャイムの鳴る五分前、オレは後ろのドアをガラリと開け、教室へと足を踏み入れた。
 すると途端、水谷と目が合った。
 なんとなく視線を流して、っていう感じではなくて、そこを見ている、という意識がこもった目だった。でも、その後慌てたようなそぶりを見せたあいつに、すぐに逸らされた。
 水谷は今、自分の席に着いている。そこからわざわざ振り返り、こっちを見ていた。たぶん、オレがドアを開ける前からずっと見ていたに違いない。開けた瞬間、本当に一瞬の間もなく、オレは水谷の強い視線を受けたのだから。
 逸らした後、水谷は首をくるりと前に回して、今度は正面の黒板を見つめながら微動だにしない。


 オレは水谷を見たまま、だんだんとその場所に近づいていく。当たり前だ。オレの席は水谷の後ろなんだから。
 いつも少し猫背気味で、寒い寒いと首をすくめているのに、今のこいつは背筋がしゃきんと伸びて、ぴくりとも動かずじっと前を見ている。誰が見たって、その行動は不審だと思うに違いない。
 相変わらず水谷は抜けた奴だ。そんな態度じゃ、オレが登校するの、ずっと待ってたってバレバレじゃねえか。
 そして、こいつは自分の事でいっぱいいっぱいだから、なんでオレとすぐに目が合ったのか、考える余裕もない。
 オレだって、ドアを開けるなりお前のいる場所見たっていうのに、それがどういう意味かなんて全然気付くことがない。オレにとっては、そのほうがなにかと都合がいいから、あえて伝える気なんてないけれど。


 自分の席に到着する。肩に掛けていたカバンを机の脇に引っかけ、椅子を引いて座る。
 目の前には水谷のふわふわの髪、そして白い首。こんなに姿勢の良い水谷なんて珍しくて、すっと伸ばした首が新鮮に見える。
 水谷の後ろ姿なんて見飽きる程のはずなのに、今のオレは、なんだか無性に触れてみたくなっている。
 そっと触れたりなんてしたら、きっとこいつはどう反応すれば良いか、戸惑ってしまうだろう。
 だから、右手を伸ばし、ガッとその首を掴んだ。
「ぎゃっ!」
 水谷は驚きのあまり声を上げ、身を竦ませる。オレはそれに構わず、首を掴んだまま引き寄せ、オレと目が合うように顔を挙げさせた。
「おはよう」
 いつも通りに挨拶をする。水谷は目を丸くして、オレを見上げる。
「えっ、あ、お、はよう……」
 何普通に挨拶してんだよ。いつもみたいにゆるい声で、なんだよあべ~、とか言えよ。じゃねえと、お前が今すごく緊張してるの、オレに丸判りだぞ。
「あの、阿部、手離してくんねえかな」
 上目遣いで、少し赤い顔をして言われる。オレが掴んでる部分からも、ほんのり熱が伝わってくる。
 そのうちオレにまでその熱が移ってしまいそうな気がして、すぐに手を離してやった。
「突然なんだよ、ちょっと、驚いただろ」
 首をさすりながら非難する水谷だけど、目が泳いでいる。オレを見たかと思うと、ちらりと視線を斜め下に向け、それから今度は、さっきまで水谷を掴んでいた手を遠慮がちに見つめたりしている。
 確かに少し唐突だったかもしれない。オレも、水谷ほどじゃないにしろ、ちょっと緊張しているみたいだ。
 それもすべて、昨日の出来事が原因だ。


作品名:二月 作家名:ぺろ