二月
水谷は顔を俯かせ、瞬きを何度か繰り返す。その度に、ぽろりと涙がこぼれ出てくるんじゃないかと、思わず心配してしまう。
「もしさ、この後誰にも貰えなかったとしても」
そう言った後、大きく息を吸い込んだ。
今、気合い入れたな、と思った。
途端、水谷がバン、とオレの机に手を付き、ず…と静かに立ち上がる。
オレは見上げて、様子を窺う。
水谷は、顔を俯かせたままだ。でも、下から覗き込むオレには、水谷の睫毛が僅かに震えているのがわかる。
薄く開かれた唇から白い歯と赤い舌がちらりと見えて、なんだかドキリとした。
その唇が、きゅ、と閉じられる。
そして、さっきまで消え入りそうな声で話していたというのに、最後に水谷は大声で
「部室のロッカー開けたら、いいもん入ってるかもしんないよ!」
そう言うやいなや、勢い良く前に向き直り、がばっと自分の机に突っ伏してしまった。
「え、おい」
一瞬の出来事で、呆気にとられてしまう。
「おい水谷」
名前を呼んでみても、水谷の身体は微動だにしない。丸められたその背中は、オレの言葉を聞こうとしない。
ロッカーに入ってるいいもん、って、今の話の流れだと、一つしか思い浮かばない。
オレは立ち上がり、身を乗り出す。
水谷の首は、相変わらず真っ赤になっている。
「なあ、水谷ってば……」
声を掛けながら、手を伸ばしかけた時だ。間延びしたチャイムが教室に響く。
室内の方々に散っていたクラスメイトたちが、続々と自分の席へと向かう。あちこちで椅子やら机がガタガタと音を立て、教室は一気に雑音に包まれる。
でも、オレにはその音がどこか遠くから聴こえてくるようで、まるで自分が大きな風船の中に包まれているような心地だった。
水谷の言葉が、温かい空気のかたまりみたいになってオレに放たれた。昨日の今日だし、ほとんど期待なんてしていなかった。
かすかに抱いていた「もしかしたら」という気持ちが見抜かれたようで、ちょっと悔しいのに、でも今はその空気の中で漂っていたい、と思う。
伸ばした腕は、力なくぱたりと落ちた。騒がしく席に着く周りの奴らに引きずられるように、オレも静かに椅子に座る。
目の前の水谷の姿をじっと見る。まるでオレを拒むような背中だけれど、なぜだかそれもいとしく思ってしまう。
勝手にオレのロッカー開けんな、とか、いつから準備してたんだよ、とか、言いたい事は色々あるけれど、今日はとりあえず黙っておく。
チャイムは鳴った。すぐに担任がやってくるだろう。
本当は、今すぐにでも教室を飛び出したい。
でも、そんな事してしまったら、オレが水谷のことこんなに好きだって、水谷にバレるじゃねえか。
こいつと違うクラスだったらよかったのに、今、初めてそう思った。
違うクラスなら、ホームルームなんてサボって、全速力で部室へと駆け出して、ロッカーの扉を開けることができるのに。