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嫉妬

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おれ飽きっぽいから、そのことばに、どのような反応を返されたかは覚えていない。たぶんあまり、顔を見ないようにしていたと思う。どういう反応が返ってきてもショッキングなことには変わりは無かっただろう。おれにはおまえしかいないとか、そんなことばを言っているあいつも見たくないし、言われるおれも想像できない。他にひとには言ったことも言われたこともあるし、恋愛経験豊富な愛にいきるおれにとってどうってことないことばだ。面倒な関係は好きじゃないけれど、そのことばを相手が望むならば言ってやりたいと思っていた。だが相手が相手だと、たとえ嘘でも気がひける。いや、きっとおもいきり嘘だから気がひけるのだろう。そう思っていた。
面倒くさくなったと言うべきか、やっぱりもう飽きたというべきか、ドイツにはここのところ暫く連絡をしていなかった。連絡をしなくても隣国であるから、いやでも顔を見る機会は沢山あり、話さなければいけないことも沢山あるのだが、ドイツの態度にはまったくもって変化はなかった。勿論おれも同じだ。何があっても決して、ドイツから連絡が来ることはない。そんなのを意識するのすら面倒だと言い聞かせていたけれど、おれは悔しかったんだと思う。女に飽きてあいつに走ったけれど、ネコにもそろそろ飽きたし、相手は他に山ほどいたのだ。

ある会議の日、いつものようにイギリスとスペインの間に座る。暇になったらイギリスの足を踏み、暇になったらスペインに悪戯して、退屈な会議を乗り切る。ドイツの隣にはいつものようにイタリアが座っていた。時々思いついたように、書類に目を落とすあいつを、おれはすこしだけやましい気持ちで見つめているらしい、イギリスがおれに肘打ちをする。まさかセックスしてて、おれがネコで、なんてことをこいつは知らないだろうけれど、なんとなくおれとあいつの間柄の変化を、こいつは察しているらしかった。いつのまにか両サイドは眠りについたりエロ本を読み出したりして、すっかり会議が踊りだしてしまう後半戦、その日も退屈が訪れる。もうこんな暗いのか、そう思って窓に目を向けたとき、おもわず目にはいった光景におれは視線が止まってしまった。いつものように眠りについているイタリアの隣の席で、ドイツが上着を脱いでいた。会議の途中で上着を脱ぐ仕草を見るのははじめてで、随分珍しいのだが、勿論おれの関心はそんなところにはいかない。一瞬思い出すあの夜を、おれは消し去ろうと思う気もしなかった。美しい手だった。ワイシャツの襟がすこし折れている。やはりおれが目をつけただけある。手放すのは、惜しいだろうか。ドイツが脱いだ上着を広げる。目が合うかもしれないということをすっかり忘れ、おれはその光景を見つめていた。ドイツは優しい笑みを一瞬浮かべて、でかい上着を眠るイタリアの肩にかける。それはまるで放課後の教室でのベタなワンシーンみたいで、おれは笑っちゃいそうになった。なんでこんなとこを見なきゃなんねえんだ。まさに目が離せない…ってやつか。幸せそうな顔をして眠るイタリアをすこし眺めたあと、ドイツはすぐに固い表情で前を向く。瞬間やはり目が合った。そりゃこれだけ見てれば当然だ。おれは視線をはがそうとはしなかった。馬鹿らしいのに、意地だった。いつのまにか会議は終わりはやっとのことで結論をつけたらしい、アメリカの解散、という声が響くまで、おれはドイツを見つめていた。ドイツはおれの視線に気付いていないかのような顔をしているのだ。憎らしいことに。だけどきっと気付いているだろう。おれは怒りにも欲情にも似たものが募っているのを感じていた。

「フランス」
会議が終わってすぐ、イタリアにかけていた上着を羽織って、声を掛けてきたのはドイツだった。おれは近づいてくるのに気付いていたから、わざとゆっくり煙草を吸っていた。案の定、隣でイギリスが不快そうな顔でおれを睨んだ。睨むならおれじゃなくてこっちを睨めよ。
「何だよ、書類ならこの前出したろ。言っとくけど、確認もしたぜ」
「ああ、不備はない」
そりゃあそうだ。今まではわざと不備を残していた。ようするにヤる口実が欲しかった。勿論、気付いてないだろうけれど。ドイツはもどかしそうな顔をした。何度か見たからわかってしまったんだ。考えてることが。不思議な男だ。偶然にもおれも、その気持ちが久しぶりに芽生えていたから。だけど口に出せないんだ。このヘタレ野郎。抱きたいなら抱きたいって、言え。おれはドイツを見上げながら、にやにやと口角を上げて笑ってやる。ドイツは変な声を漏らす。先行ってるで、とスペインがおれの肩を叩いた。イギリスも首をひねって席を立つ。
「イタリアはどーした?」
「…」
「おまえのこと待ってんじゃねえか?一緒に寝ようと」
顔を見ないままそう告げると、ドイツがおれの肩を掴んだ。不覚にも驚いて声が出る。まさか世界会議で乱暴はねえだろうこのドS!
「フランス」
「わかったよ」
「…出よう」
ドイツはおれの腕を掴んで歩き出す。イタリアじゃなくても、だれか見てたら驚くだろう。腕を捕まれながら、不思議に思う。身体の相性がいくらよくても、タイミングが一緒になるのか?ていうかおまえは、なんで今日までなんも言ってくんなかったの?聞くか聞かないか迷っていたけど、やはりまだ怒りが残っていて口を開く気がしなかった。だけどこんなふうに強引なドイツは随分久しぶりだったから、おれは黙って手を引かれていた。

久しぶりにドイツの家に来た。統一がまだ遠いあいつの家は以前よりもすこしだけ狭い。思い出そうとするとまあ、いやな思い出が蘇るから控えたい。車の中で流れる音楽は恐らくあの貴族の国のものだろう。非常に品がいいヴァイオリンの音を聞くのも随分久しぶりだった。ドイツがあの坊ちゃんの音楽を愛しているのをおれはよく知っている。ドイツは車を出してすぐ、その音を消した。無音のまま走り続ける車内は随分気まずかった。ようやく辿り着いた家で、熱いコーヒーを出される。そんなのよりもワインが飲みたい。シラフのままでドイツとヤったことはなかった。多分できないだろうと思っていた。おれはワインを探そうと立ち上がった。
「飲むのか」
「飲まないでおまえとすることなんかあるか?」
「その前にちょっと座ってくれ」
ドイツは静かにそう言った。何だ?ヤりにきたんじゃないのか?ドイツは座って腕を組む。この家にきてこの姿を見るとやはり思い出す。おれのなかにこびりついた、あの屈辱が、おれの脚を止める。
「何だよ」
「一つ聞かせてくれ」
いやな予感がした。何を言わせるつもりだ。せめて、酔わせてくれ。おれの顔色を読み取っているのかいないのか、ドイツの表情は変わらないままだ。原因なんか不要だろ?と囁いて、逃げさせてくれるような男じゃない。だけど必死なのは一緒なはずだ。あんな無理矢理ひっぱってきたのはこいつのほうだ。
「悪いがお断りだ」
「飽きっぽいんじゃなかったのか?」
「…ああ、飽きっぽいさ。だからもう、どうでもよくなってたんだろ」
作品名:嫉妬 作家名:ゆめ