グッバイ・アーリーバード
「君は東部配属なのか」
「・・・ええまあ」
正しくはまだだけど。
「東部の現状を?」
男は緩やかな調子で問いかけてくる。
そっと辺りへ視線を走らせた。皆それぞれに話に花を咲かせていて、特に誰に聞かれるわけでもなさそうだ。
もっとも、だからこそ彼はこんな話を振ってきたのだろうけど。
それでも少し声は抑えた。
「・・・内戦が終結したとはいえ、政情はまだえらい不安定だと」
終結からまだ2年あまり。
イシュヴァールを抱えるこの東部は、当時内戦の最前線だった。
この辺りは戦場となった砂漠の街からは遠く、丘陵地帯にある。幸いにして故郷も戦火を逃れたが、近隣の数多くの村が焼けた。そしてその内戦終結以降、軍権の拡大を続ける軍部に人々はあまり良い感情を抱いていない。
しかし現在、軍部…ひいては国にとっても、豊富な鉱脈資源を持つ東部の早期平定は重要事項であるらしく、人員・装備等最も重点的な拡充がなされてる地域でもある。
最近はなりを潜めつつあると聞くが、何せ四大地方司令部最大の激戦区。
横行する反軍部テロを抑え込むために、とうとうカウンターテロの第一人者、イシュヴァールの英雄まで送り込んだ、と。
焔の錬金術師、の二つ名を持つ彼が実質の司令官に納まってからまだ間もないが、今のところ大きな動きはなりを潜めているらしい、とかその辺りは小耳に。
「・・・と。こんなくらいかなぁ」
「大雑把だが一応のポイントは抑えてあるな」
「色々ふき込んでくれる輩いるでしょ、良いのも悪いのも」
「ああ。噂好きは何処にでもいるな」
「ま、とりあえず話半分で。後の事は行ってみてから考えます。上はご大層な肩書き付きの人みたいだし」
会ってみてから判断しますよ。
「何を?」
「…ま、色々と」
「ふぅん・・・」
沈黙。
――――・・・・・・。
「・・・で、結局何なんですか、もう」
「で、とは?」
「こっちの素性はもう大方バレてんですから、少しくらいネタ明かしてくれても良いでしょう」
不満げなハボックを気にした風もなく、男は腕を組んで背もたれに怠そうに凭れなおした。
「休暇中」
「へ?」
「休暇中なんだ。久し振りの」
・・・それだけ?
―――それだけ。
「休みの間くらい良いじゃないか。仕事の事を忘れても」
えー…そんなふんぞり返って嫌そうな顔しなくても。
いや、そうじゃなくて。聞きたいのは別にそんなことじゃ・・・。
・・・何だろう。さっきからずっと自分でも気になってはいたんだけど。相手はどうみても年下みたいな顔してるのに、何で俺は敬語で喋ってるんだか判った気がする。
何か偉そうなんだ、この人。つーか一体その自信はどこから。つまり俺ってやる前から負けてるってことか?ええ?
…てゆーか、本当にそれだけ?ネタばらし。
「あのー、じゃ、年…とか聞いても?」
その辺からなら何とか割り出せるだろう。育ちが良いんだか悪いんだか判らないが、たぶん士官学校出なのは間違いない。余程の事がない限り、同じか、その上…でも尉官?…見えない。
何て事を思っていたら、思い切りまた微妙そうな顔をされた。嫌な予感。
「男に年を尋ねて何が楽しいのかね」
的中。
今度は力一杯本気で嫌そうな顔をしてみせたのが功を奏したのか、コホンと一つ咳払いで誤魔化された。
「・・・まぁ、あまり楽しい答えが返ってきた覚えがないのでね。正直、年の話はしたくない」
「え、年下なんですか?」
「…何故そこで断定する」
嫌だったらしい。ようやく、一本取れたみたいだ。
ついでにどうも少々ご不興を買ってしまったようだが…何だろうこの清々しさ。
もし上官だったら結構マズい事になりかねない態度を取っているが、向こうが素性をばらそうとしないわけだから構う事はないということだろう。
お手軽で自分でもアレだが、微妙に上昇した気分につられて、胸ポケットを探りつつニンマリと笑って見せた。
「――――吸っても?」
作品名:グッバイ・アーリーバード 作家名:みとなんこ@紺