グッバイ・アーリーバード
2.
そんな衝撃の面割れから数分後。
一頻り笑ったら、ようやく気が済んだらしい。
ゆっくりと身体を起こすと、危うく自ら押しつぶす所だった花束をそっと撫でる。
「・・・失礼、なかなかな図ったようなタイミングだったのでね。…ああ、私も軍の関係者だから気にしなくていい」
取り合えず何か言っておこうと口を開いたハボックを手で制し、拍子抜けするほどあっさりと告げてきた。
ひらひらとこちらに手を振る彼は非常に楽しそうで。
「・・・ま、そうじゃないかとは思ったけど」
気が抜けたついでに軽い溜め息と共に吐き出せば、興味を引かれたような視線を向けてくる。彼の浮かべた表情は先程までとは少しばかり趣が違った。
「ほう、どの辺で?」
先程まで覆っていた、作り物めいたものはすっかり払拭されている。
だが、何だか人の悪そうな感じが増したような・・・ま、いいか。食えなそうな相手が多少なりとも手の内を見せてくれた訳だから。
とりあえず、発車の結構前からお互い乗り込んでいたわけだが。
「…他にも席は空いてるのに、あえて野郎と同席になってもこーゆー入り口脇の見渡しの利くトコに来たり」
「うん」
「連れがいないんだったら窓際に行けばいいのに、あえて通路の方に陣取ってるし。密かに車中の連中、チェックしてたし」
「それは君もだろう?」
さらりと返された所はひとまず置いておき、少しばかり声を落とす。
「・・・持ってるでしょ、ジャケットの下」
冷たい、金属のカタマリを。
僅かに首を傾げる仕草で、彼は肯定も否定もしなかった。よって沈黙は肯定とみなして続ける。
「・・・でも平然としてるし、だったらご同業かな、と」
「ああ・・・。まぁ、ね。――――ところで、今の御仁は?」
「ガキの頃からの地元の顔見知りで」
いまだ現役だとは思わなかったんで。
「油断しました」
「意外とちゃんと周りを見ているわりには、ツメが甘いな」
う。
それこそ今までの比ではない、非の打ち所の無い笑顔でにっこりと微笑まれてしまった。
笑顔の割に容赦ない一言が痛い。
「・・・だって、まさかこーくるとは思わないでしょーが」
思わずふて腐れたような口調になるのを止められない。が、相手は澄ました顔でさらりと流してくれた。
「どんな場面にも即対応できるように常に予測は怠らない事だよ」
例えば。
「私が本当の事を言っているとは限らないと思わないか?」
にっこり。
「・・・・・・。」
この期に及んでそうくるかこの野郎。
「…自分で言っといてそれですか」
「気合いの入った頭が回るヤツなら、どんな理屈を捏ねられるか分かったものじゃないだろう?」
ああ、ダメだ。――――この人もう黒決定の方向で。
しかも何か普通の黒さじゃない気がする。筋金入りっぽい。この顔に騙されちゃひでぇ目に合いそうな。
人が苦々しい表情になっても全く意に介さない上に、こんな話題を続行ってどーなんだ、それは。
「・・・じゃぁ、イイ感じに結婚詐欺で逃亡中とか。そう言われても納得しますけど」
「したことはないな、まだ」
・・・それは結婚に掛かるのか、詐欺に掛かるのかどっちだ。
というか皮肉効いてないし、まったく。かけらも。
「でもどのみち真っ当な職に付けるか微妙なラインに見えます」
「今日出会ったところの当人相手に良い度胸だな」
それに、
「真っ当でない職だ、といったらどうするつもりかね」
「別に目の前で何かやらかさない限り、手出す事はないですかね」
「仕事熱心なことだな」
やれやれ、とわざとらしく肩を竦めてみせるがもうその手には乗るか。
「・・・本当なんでしょ」
「何がかな」
「軍関係だっての」
「…どうしてそう思う?」
「・・・さぁ」
何となく。同じ世界に身を置く者の匂いがします。・・・とは言えなかった。
作品名:グッバイ・アーリーバード 作家名:みとなんこ@紺