グッバイ・アーリーバード
酷い事言ってくれながらも、あっさりとそんな事を言った事すら流してくれて、彼はまたさっくりと話を変えてきた。
「――――ところで君は東方司令部に配属になるんだろう?何か要望だの抱負だのはないのかね」
・・・えーっと。
「・・・改めて聞かれるほど、自分そんなやる気なさげな顔してますかね」
「微妙なラインだな。だが少なくともやる気に満ちあふれてるようには見えないが」
・・・よく言われます。はい。
「・・・そうですねー・・・。はっきり言って東部なんて、他の地域よりも色々複雑って言うか地元に近いのがアレだし、上司は鳴り物入りっぽい分やりにくそうだし」
・・・・・・・・・。
「やっぱこれ左遷なんですかね」
「栄転だろう?」
うわ、言い切ったよ、この人。
「・・・だと良いんですけど」
「君次第、だろうね」
……それは確かにそうだけど。
――――何か不思議な人だ。
よく判らない人と置き換えても良い。
軍属であるはずなのに、その視線は研究者のように客観的で酷く冷めている。どことなく学者然としている所があるからだろうか。
・・・だが、研究室に籠もっている人種とは何かが明らかに違った。纏う雰囲気も穏やかなはずなのに、何処か深いところに、硬質な何かが潜んでいるような。
「『英雄』――――か」
すぅ、と彼の口元が静かに弧を描いた。
「――――軍は何の為に存在する?」
…また、笑みに隠された奥の顔が変わった気がした。
先程と同じような笑みだ。
ただ、そこには何とも言えない冷たい、妙な迫力みたいなものがある。・・・何故か、学校時代に教官の前に立つような面持ちで、ハボックは思わず姿勢を正した。
「・・・国民を…いえ、国を守る為でしょう」
「そう、軍隊とは常に国を護るためにある。最優先事項は民ではなく国自体にある。そして軍に所属する以上、命が下れば大義名分の下に人を殺す。自国の者であっても国を害する者であれば容赦してはならない。軍人であればそこに否はない」
いや、と彼は小さく訂正した。
「そこに、個人の意思の介入は許されない」
「どんな大義を振り翳そうとも罪は罪でしかない。・・・軍の部品であればこそ公に問われはしないが、つまるところただの人殺し、殺戮者と同じだ」
件の英雄の事を指しているのだ、ということにようやく気付いた。
その行為は持て囃されるような事ではないと、痛烈に。
「・・・良いんですか、そんな事言ってて」
大衆のために在れといわれた錬金術を、武器として使った国家錬金術師――――人間兵器。
軍の命に従い、人の、内戦中であったとはいえ守るはずだった自国の民を殺して得た殊勲。
内戦によって生まれた英雄。
その存在を否定するという事は、内乱で殲滅戦を選んだ軍そのものを否定する、ということにならないか。
だが、彼は緩く首を振った。
「私は否定はしない。だが、肯定もできない」
「どういう、ことですか?」
「言葉の通りだよ」
それきり重い沈黙が落ちた。
遠く、先頭車両の方から響いた汽笛に意識を呼び戻された。
それを合図にしたかのように、さて、と言葉を切った彼の表情からは先程までの鋭さは消え、人好きのする笑みが浮かんでいる。花束を抱えなおすと、窓の外に視線を向ける。
「…今日はここまで、だな」
「え?」
「次で降りるのでね」
さらりと告げられた言葉に慌てて外を見れば、ただの田園風景だった中に立ち並ぶ民家が見えだしていた。
すでに列車は減速を始めている。
てっきり、彼もイーストシティまで行くのだと思っていたのだが。・・・というかコレで本当に判らなくなった。最後まで自分が何者かのヒントは与えてくれないらしい。
「そういえば名乗ってなかったな」
「でもホントの所は教えてくれないんでしょう」
「まぁそうだが」
「じゃ、不躾なのは重々承知ですが自分も名乗りません」
一瞬、驚いたように軽く目を瞠った男は、「そうか」と笑っただけだった。
「君は面白い男だな」
「どーも。褒められたと思っておきます。…次にもし何処かで会ったら、その時は名乗って貰えますよね」
「そうだな。カウンセラーとしてはまた禁煙の勧めを説かなくてはならないし」
「No sir.それだけは勘弁してください」
上げかけた手は、す、と自然に差し出されてきた手に動きを止められる。
やりかけた敬礼を解いて差し出された手を軽く握り返した。
「――――少尉」
振り向きざま見下ろしてくる、黒の瞳とかち合う。
浮かんでいた笑みは先程までと変わらないものだった。
「半端な気持ちしかないのであればやめておくことだ」
表情は穏やかなまま変わらない。ただ、真っ直ぐに、心の底まで見据えてくるような瞳の強さだけが違った。
「他人がどう言おうと、生きている以上選ぶ権利は残されている。…決めるのは自分の意思だ。そして決めたのならば、最後まで自分の足で歩きたまえ」
そうして挨拶がてら上げられた手と、
「君の幸運を祈っているよ」
旅人への古い祈りの言葉を残して、彼は去っていった。
――――何でお前軍人になろうと思ったんだ?
――――私は否定はしない。だが、肯定もできない。
『軍は何のために存在する?』
作品名:グッバイ・アーリーバード 作家名:みとなんこ@紺