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この島には行く場所がないこともない

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 ギリシャさんは帰りのボートではばかに機嫌がよかった。私も少し、いやかなり浮かれていた。
 濡れてぺったりと肌に張り付いた服はひどく不快だったが誰も見てないのをいいことに、そっと這いよって彼に口づける。
 私が木か石でできていると思っている連中がこの姿を見たらなんと思うのだろう。なんとでも思うがいい。
  
「あれ、観光資源になりませんかねえ。ああいうのアメリカさんやイギリスさん大好きですよ。うちの国民もですが」
「一応、検討したことはあるけど無理だな、俺以外にはものすごく凶暴だし。戦争の時、何度もトルコの船を襲っているのを見た。観光客が海にゴミ捨てたり酔って吐いたりしたら何するかわかったものじゃない」
「……そうですか」
 直行便の再開を諦めていない私としては残念な話だ。

「でも、元気そうで安心した。ここ何年か様子を見に来れなかったから心配だったし。あれは日本よりも、母さんよりも長生きしてるらしい、よ?」
「それはそれは」
私は目を細めて笑う。だとしたら中国さんの上司と同世代なのかもしれない。あれに会わせてもらったことはないが。
「……いつ見ても本当に大きくて、古くて、恐ろしくて……日本に似ていて格好いいと思う」
 うっとりと私を見つめながらこんなことを言うクソガキを無闇に張り倒したくなったが、なんとか自制して私たちは大人しく港に戻った。ああ、台無しだ。いろいろな事が。

 それから私は部屋の荷物をまとめ、大人しく港に向かい連絡船を待った。ギリシャさんも一緒についてきて見送ってくれたーーと思いきや、彼まで私と一緒に連絡船に乗り込む。ほとんど手ぶらで来ているのかリュック一つだ。いつでも大荷物の私とは対照的だが、これが彼のいつものスタイルでもある。

「お住まいに戻られるんですか?」
「飛行機、明日の何時だっけ」
「えーと、確か明日の午後二時ですが」
「じゃあイスタンブール周りか。うー、降りたくない。そのまま乗り継ぎできないかな」
「え?」
 ギリシャさんは目を白黒させる私の前で連絡船の無線電話を借りると、日本行きの飛行機を予約し始めた。
「席、隣にしてくれるか分からないけど一応頼んどいた」
「ええっと……」
「日本にもいろいろ変なのが居るってイギリスが言ってた。見せて?」
 折れるのを知っていて、突然無理を言うのはもうやめてほしい。しかしこういう負け方は気分が悪いものではない。いつかはその鼻面を引きずり回して永遠の愛を誓わせてやりたいとは思っている。思っているが。今は保留にしておいてやろう。


                                   end.