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acoustic stories / 紅花

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 side:Flynn

 官舎を囲う雑木林の葉っぱがわさわさ鳴り、その隙間に街の灯かりが見え隠れする。
 辺りはすっかり暗闇に沈んで通りを歩く人影も今はほとんどなく、夕餉(ゆうげ)の時間も過ぎた頃だし、どの家庭も就寝までの短い時間を思い思いにまったり過ごしているんだろうなと、蔦の絡む鉄の柵にもたれてぼんやり思った。
 慣れ親しんだ下町の住家ではなく、さしてまだ愛着も無い、寝起きする住処になった官舎の裏手。
 体のあちこちがだるくって仕方なくって正直あんまりもう動きたくない、なんぞ、ここまで辿り着いたくせに、最後のひと越えで頓挫している自分が情けなかった。情けないとは思うが、いかんせんダルい。帰りたい、けれどダルい。こんなことをぼやいたら間違いなく、親友にはひっぱたかれるんだろうなと、しぶしぶ柵を掴んだ。
 がさごそと、近くの茂みが動く。
 「…?」
 目を瞠って反射的に身を強ばらせるが、すぐに力が抜けた。
 「…ラピード?」
 呼ぶ声に、わふ、と答える低く短い返事がある。
 茂みを鼻先で掻き分け、目の前まで歩み出てきたラピードは前足を揃えて座り、尻尾をくるりと足元に巻いた。
 どんなときでも心の置けるその存在感。
 しかし気付いてみれば座る位置がいつもより1メートルばかし遠かった。撫でようにもそこだと手が届かない。なんだか微妙にとられてしまった愛犬からのスタンスに、思い当たる節はひとつくらいしかなくて、伸ばしかけた手で頭を掻く。軽く牙を剥いてひと吠えするラピードに、ため息しか返せない。
 見上げた空がきれいだ。
 明日も晴れるんだろう。
 「ヮ、ォン」
 ラピード曰く。
 「………うん、そうだね」
 泣きたい。

 そのまま精根尽き果てた雰囲気で柵に項垂れる主人の姿を、呆れたようにラピードが見つめたのもしばらくのこと。立ち上がり、したしたと足音を立てて足元まで歩いていくと、長いしっぽをホコリ叩きみたいに使って花街で引っ張りまわされた体をぱたぱたし、鞘に差し込まれていたいくつかの紅花をくわえ、くるっと踵を返して夜に消えていった。
作品名:acoustic stories / 紅花 作家名:toro@ハチ