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グッバイ・ワールド・エンド

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寸でのところで拳が止まった。
双眸に近すぎてそれが何と判別できないくらいの距離だ。少し遅れて風が前髪を揺らす。(ああ、俺は死ぬんだな)そう思った時には実は既に相手の戦意が削がれた後で、(ああ、俺は死ぬところだったんだな)と誰に咎められるわけでもないのに訂正した。
意思に反して見開かれた双眸をそっと閉じ、閉じた時以上にゆっくりと開く。常識という常識を粉砕してきたその非現実的な拳は相変わらず臨也の目の前に突きつけられていて、戦意自体はなくとも「じゃあ、そういうわけで」と何事もなかったように立ち去らせてくれる気はないのだと知った。

拳の先を伺い見ると、絶対的な強さを誇る唯一無二の存在、平和島静雄はひどく難しい顔で自身の右手を睨みつけている。彼は幼少の頃からずっと自分自身の力を持て余していたそうだが、最近ようやくコントロールが出来るようになったらしい。その原因に臨也も少なからず絡んでいるという事実に辟易する。

「シーズちゃーん?どうかした?」

一歩でも動いたらまた彼の逆鱗に触れてしまいそうな緊迫した状態で、それでも臨也は楽しげに声をかけた。実際、楽しかったのだ。静雄が拳止めなければ或いは本当に死んでいたかもしれないという恐怖は間違いなく臨也の中に存在したのに、それすらも楽しかった。
静雄はいつだって暴力に物をいわせ、臨也と見れば問答無用で攻撃を加えた。そこに会話らしい会話はなく、まともにコミュニケーションをとった記憶も殆どない。その相手が、突然隙を見せたのだ。何事かと思わない方がおかしい。

「急にお腹でも痛くなったー、とか?」
「・・なあ、臨也」

ゆっくり下ろされる拳を目で追いながら、珍しいこともあるものだと改めて臨也は思う。
完全に無防備になったこの今の状態で臨也がナイフを取り出したら、どうするつもりなのだろう。瞬発力には自信がある。完全に静雄が手を下した、その瞬間に静雄の眼球目がけて飛び込めば、それなりに傷を負わせることはできるだろう。(さすがの喧嘩人形も眼球くらいならナイフも刺さるに違いない)それとも臨也がナイフを取り出すはずがないとでも思っているのだろうか。何を根拠に?分からない。
臨也にとって、静雄は唯一理解の範疇を超えた存在だ。結果、頭の中であらゆる可能性を考慮するに留まるに終わったのだから、或いは静雄の読み通りだとも云えるのかもしれない。


「お前が死んだら、どうなるんだろうな」


苦々しく利き手を強く握った臨也に気付くこともなく、静雄はそんなことを云った。
ふと思いついただけの言葉のようにも、何度も自問し熟考を重ねた深い言葉のようにも聞こえた。臨也はまさか仇敵からそんな台詞を聞くことがあるなんて夢にも思わず、まず自分の耳を疑う。「はい?」自分でも呆れるくらい間の抜けた返事をしたのはそのせいだったが、静雄に同じ問いを繰り返す気はなかったらしく、臨也の言葉に気づいたかどうかすらも怪しい。そもそも、先程のそれが、臨也に対する問いかけだったのか、それとも静雄自身への問いかけだったのか、それすら判別がつかない。

(それが既に俺を殺したことを前提にしているとか)
(どう、とはどういうことなんだ、とか)
(気になる点はいくつもあるけど)(つまり、)

「それって、何?そんなこと考えて躊躇ったってこと?」

目の前に立つ臨也よりも幾分か長身の男は臨也の問いに答えず、ただ思案深げに視線を落としている。
その長身と端正な顔だけを見れば、或いは芸能界に身を置いている彼の弟よりも人に見られる仕事に適しているのではないかとも思える。しかしそんな日が来るならばきっと臨也も情報屋なんて厄介な職業はやめて、普通の生活をしていることだろう。だがそんな日はこの先も絶対に来ないことを、臨也も静雄も知っている。もはや『普通』がどのような状態を指す言葉だったのか、彼らは忘れてしまった。『普通』の代名詞のような少年ですら内心に誰よりも『異常』を抱えていたのだ。或いはこの世の中に異常だ普通だなどと線引きをするものなど、最初から存在しなかったのかもしれないとすら思う。

「良くなるのか、もっと悪くなるのか・・」

依然思案に沈む静雄の口からはぼんやりとした言葉ばかりが零れる。彼の云わんとしていることに気がついた臨也は、双眸を細めて微笑んだ。おそらく静雄も臨也と同じ少年のことを思い浮かべたのだろう。
例えば折原臨也がいなくなって、たったそれだけのことで歪みは全て元通りに戻るのか。一度捻じれてしまったものは、もうどうしたって戻らないのではないだろうか。むしろ抑止力となりえた臨也の存在を失うことで、別の何処かが破綻してくるのではないか。何故静雄がそのようなことを考えるようになったのかは分からない。何せ臨也の唯一理解できない相手の考えることだ。人間らしい思考を持つようになった静雄を忌々しく思う反面、嬉しくもある。彼の意識の中の臨也が少しだけ、形を変えた気がした。

「まるでおとぎ話の後日談だね」
「・・は?」

臨也を見た眸には、いつもと変わらぬ嫌悪が浮かんでいる。不快感を隠そうともしないその表情を見て、ようやく意識が臨也に向いたらしいと満足げに微笑んだ。

「物語の中にはいつだって善悪が存在して、分かりやすく悪者が倒され都合良く話が終わるじゃない?でも、めでたしめでたしで終わったその後はどうなるのか…」
「・・どう、」
「さっきシズちゃんが自分で云っていたじゃない。良くなるかもしれないし、もっと悪くなるかもしれない。けど、それはどちらも不正解。物語は終わったんだ。じゃあその先は当然存在しない。してはいけないんだ。続いてしまえばEver ever afterで終わらないから、さ」
「・・・・テメェの消えていなくなった後の世界はない。つまりはそう云うことか」
「本意ではないけれど、まあそういうことにしておいてあげるよ。さすがに俺も自分が正義だとは思わないしね。けど、俺から見たらよっぽどシズちゃんの方が悪者なんだけどなあ」

そうかよと呟いて静雄はポケットから煙草を取り出し、火を点ける。再びポケットに押し込まれた掌サイズの箱を視界の端に収めながら、また銘柄が違うなと臨也は思った。
彼が煙草を好むのは心を落ち着かせるためであり、また、霧散してしまいそうな思考を留めておくためであることを臨也は知っていた。だから銘柄に拘りはなくいつも適当にあるものを買っていること(臨也もその感覚は理解できた)(好きとか嫌いとか、そういった拘りではなく、必要なのは煙草であるという、感覚)(それによってもたらされる、効果)も、女子供のいる場所では極力吸わないようにしていることも、知っている。
平和島静雄のことは世界中の誰よりも知っているという自負がある。それは唯一理解できない相手をそれでも理解しようとする努力であり、少しでも優位に立とうという意識が働いた結果なのだが、勿論それだけじゃないことはとっくに臨也も理解していた。


「ねえ、」