HONEYsuckle
それ以上は伝えきれなかった。声は途切れて唇は言葉を紡ぐ代わりに重ねられた。鬼道は円堂の胸ぐらを掴むように引き寄せて、その声を飲み下すようにキスをした。言わせたら今ここで何かが終わってしまう気がした。まだ聞きたくなかった。好きだと言える今は、その言葉だけが欲しい。強がりや慰めを口にするのなく、弱くて情けなくても、一緒に泣いていて欲しい。一緒に泣いてやりたい。いつかその涙を拭ってやれなくなるなら、せめて今は。
「好きだ、好きだ好きだ好きだ…!」
「鬼道」
「好きなんだ、友達としてなんかじゃない、お前が好きで」
いつか言えなくなったとしても、見た目だけの友情ではなく、抱えた思いのままで繋がっていたかった。好きでいることが許されなくても、秘めて生きていくのでは駄目なのかと喚いても、円堂は困ったように首を横に振るばかりだった。
「…鬼道が好きだよ、ずっと。だけど約束だろ」
痛む心臓を押し付けて円堂は初めてこの関係のために泣いた。悲しいと思うこと自体が許されないことだと思っていたのに、抱えきれなかった心は砕けて目から零れ落ちた。
「好きになるべき人だけを本当に愛して、お前も俺も、ちゃんと前向いて生きて、幸せになるんだ。絶対に。そうでなきゃ俺はきっと鬼道と一緒に過ごした時間を後悔する」
お互いの顔は見えなかった。額を押し付けあった肩は少し痛くて、おそらく涙で濡れている。頭の重みで体が少し斜めになって、鍵のかかっていない扉が正面に見えていた。この向こうには自由なんてないのだ。広くて狭いこの秘密基地で、かりそめの恋人ごっこを繰り返して、たくさんの人を裏切っている。それでも鬼道が好きだから決めたのだ。円堂は唇を弛めて、扉を見据えたまま、涙で塩辛い舌に言葉を乗せた。泣きじゃくる声を堪えて震える歯は、カチカチと鳴った。
「そんなの嫌だから」
何も言わない鬼道の背中を抱き締めて、短い息を何度もついた。恐怖から守るようにきつく鬼道の体を抱いて思う。別れた後に待つ痛みは全て自分が背負うのだ。浅はかで空っぽなこの傷付け合いの先で、この男が本当の幸せに辿り着けるなら。
作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき