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君の名は

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ゆらゆらゆれる



 悄然とする応援団を前にし、言い訳も泣き言も言わず、ただ「ゴメン」と頭を下げた。
 私は彼のそういうところが大嫌いだ。殴ってやりたい。
 しかしすすり泣く応援団をかき分けて、一介のクラスメイトたる自分がそんな暴挙に出るわけには行かない。だからただ睨みつけていた。泣くな、泣くなよと必死で脳から信号を送っているのに、私の目は命令を無視して涙を零しまくっている。せめて、せめて嗚咽だけはこらえたい。そうしてぼろぼろ泣きながら唇を噛み締めつつ、ものすごい勢いで彼を睨みつけていた私の顔は、それはそれは普段にも増してありえないほど、つうか貴女ホントに人類ですか?レベルで不細工だったろうなぁ、という自覚はある。切ないほど。しかしそれを他人に指摘されるのはまた別格の切なさだった。島崎慎吾曰く、あの時の私は「正直ビビった」レベルだったらしい。切なすぎる。なぜ私は顔と感情が直結なのか。そんな私の切ない心情にまるで頓着せずに、前の席の島崎慎吾は言葉を続ける。
「いやぁ、何か遠くの方から、視線で人を殺します、みたいな勢いで睨んでるからビックリしたよ」
「どうもスミマセン……」
 弱々しく謝る私に対して、「いや、良いけどね、俺は」となにやら意味深なことを言う。しかし、ここでツッコミを入れると、ろくでもないことが起こるのは承知している。だから黙って数学の問題を解いていた。出張の時でも自作のプリントを欠かさない素敵な先生、ありがとう。つうかアンタもやれよ。そんな私の視線に気付いたのか、島崎は「問6がわかんねぇ。早く解いて」と肩をすくめた。まぁ頑張ってはみますが、あなたが分からないものを私に解けるかどうか。そんな疑問を抱きつつプリントに数式を書き込む私に、島崎は飄々と話しかける。
「お前、恨まれるようなことしたの?って思わず聞こうとしちゃったよ。和に」
 バキィッという音が手元から起こる。思いあまってシャーペンの芯が折れた。いけないいけない。このペースにハマってはいけないと何度も言い聞かせたではないか。そうよ落ち着くのよクールが大事よ。私はシャーペンをカチカチと鳴らして芯を新たに出しながら、なるべく落ち着いた声を出す。
「なっ(思いのほか高い声が出た)……何で、そこで河合くんが出てくるのか分からないんですが?」
「えぇー?だって睨んでたからぁー」
「睨んでないよ睨むわけないじゃないの何言ってんの馬鹿じゃないのなんでアタシがそんな睨むだなんてありえな……」
「何の話してんの?」
「うわぁっ!」
 突然紛れ込んだ河合くんの声に、思わず飛び上がろうかという勢いで叫んだ私を殴ってやりたい。何やってんのバッカじゃないの!?あわあわと顔を赤くする私に、河合くんは驚いたように目を見開いた後、苦笑をひらめかす。そして「驚かせてゴメン」と言って、何気なく島崎の席を覗き込んだ。その仕草につられるように、島崎もまた前を向く。ホッとしたような残念なような。私は彼のこういうところがあんまり好きじゃない。淋しくなるから。前の二人の間で交わされる話をぼんやりと聞き流し、火照った頬を徐々に冷やしながら、こつこつと数式を埋めていく。机の隅に転がった2ミリほどのシャーペンの芯が、笑えて来るほどみすぼらしかったので指で弾いた。書き上げた公式が不安だったので、教科書をめくっていると、コツンと机を叩かれた。顔を上げると、島崎がプリントを二枚広げている。
「問5、どっちの公式使った?」
シャーペンのお尻で左側のプリントを叩く。島崎は嬉しそうに笑った。
「ほれ和、俺が正しい」
「こういうのって多数決じゃないと思う……」
 弱々しい私の言葉に、河合くんは深く頷いていた。それに私は笑いかける。河合くんはちょっとホッとしたように笑った。大丈夫。さっきの醜態ははっきり言って序の口だ、というくらいには、私は彼の前でみっともない所を見せまくっているのだ。……切なすぎる。
 だからあんまり関わりあいたくない。本心からそう思っているのに、私は意識を張り巡らせて、髪の毛の一部をまるでレーダーのようにして、彼の小さな声や仕草も見落とすまいとしている。そういう余計なことに気を回しているうちに、大事なことがおろそかになって失敗するわけだ。バカじゃないの、と心から思う。心から思うくせに、今こうして近くにいると、掌にじっとりと汗をかくのが止められなかった。私は私のこういうところが大嫌いだ。そう思い始めてもう三年ほど経とうとしている。もしかして、私みたいなのをストーカーと言うのではないかと友人に尋ねてみたところ、ものすごく慈愛のこもった微笑を浮かべられた。「今更かよ」という言葉を付けて。心優しい友人が持てて私は幸せだ。幸せだったら幸せだ。このままでいいと思う。このままではいけない気がする。ゆらゆらと揺らぎながら三年が過ぎてしまった。きっとこのまま卒業という終わりを迎えるのだろう。終わってしまえばいい、と思う。終わらなければいい、とも思う。自分で終わらせる勇気はないくせに、ただ卒業の日が来るのが怖い、というのが本音だった。
 誰もいない教室で単純作業に勤しんでいると心が落ち着く。数式に決まりきった公式を当てていくのにも似ていると思う。
 まぁ、そうとでも思ってないとやってられないというか。そんなことを考えながら、机に積まれたプリントをホチキスで留めていた。時間を無駄に出来ない受験生に、こんなことを頼むとは何事だ。たまたま通りかかったところを捕まえられそう抗議すると、適当さで有名な我が担任は「たかが一時間くらいじゃ何もかわらねぇよ」と返してきた。
「日々の積み重ねなんだよ。分かるか受験生?あと運な。そうと分かればとっとと徳を積んで神様に恩を売っておけ」
「徳じゃ宗教違います、先生……」
 しかし、何を言っても無駄だとは理解したので、大人しく作業をすることにした。そっちの方が時間は無駄になるまい。ガチッガチッと威勢のいい音を教室に響かせていると、ガラッと別の音が響いた。ドアの開く音。思わず目をやると、そこに立っていたのは河合くんだった。もうあの担任の頼みなんて金輪際聞かない。聞くもんか!河合くんは誰かいるとは思わなかったのか驚いた顔をして、そんな顔をした自分にだろう、苦笑をもらした。そして自分の席へと向かう。私はとりあえず止まったままの手を動かした。バチン。その音に不思議そうな顔をする。
「何してんの?」
「や、担任の頼まれごと……。明日のホームルームで配るらしいよ。ジュケンセーの心得」
「はぁ、うちの担任のやることとは思えないけど」
「うん、全クラスらしいよ。そんで自分でまとめるのが面倒だからって押し付けられた」
「ジュケンセーにやらせんなよ」
作品名:君の名は 作家名:フミ