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メモリーズ・カスタム

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2.14



徳用チョコの袋を二つになった給湯器の横にドサリと置くと、それぞれの場所でそれぞれいた上司が寄ってきた。飴に群がる蟻のようだ。ワザとらしくため息をつきながら、有里は自分のデスクに戻る。義理は果たした。後は仕事をするだけだ、としかめっ面でスケジュール帳と格闘する。
バレンタインなんて、そんなもの。
つい漏れてしまった本音に、有里が慌てて顔を上げると、目が合ったのは呆れたような端正な顔つきだった。そりゃあ、モテるよねこの人、と遠いところで確認しながら誤魔化すための次の言葉を紡ごうとする。そんな有里を遮るように、ジーノはあっさり口を開いた。
「ビックリするほど、夢も希望も恋も無いね」
本当のこと、というのは自分で知ってはいても他人から指摘されると腹が立つものだ。そんなことを思いながら、有里は渋々返事をする。
「……どうも」
低い声に、ジーノは呆れが高じてついには笑い出した。そんな声で笑った。
「女の子が、そんな顔してちゃいけないよ?」
寄るものだって寄らなくなってしまう、とわざとらしいくらいに心配そうに顔を曇らせて、ヒラヒラ、手を振りながらジーノはホテルの廊下を歩き去ってしまう。
「えぇっと、じゃあ、去年と同じようにしときますからね!」
急いで声をかけた有里に返事をするように、カチャリ、ホテルのキーが鳴る。花を捜す蝶のような後ろ姿に、一回の瞬きを返して有里もまた背中を向けた。あぁ、もう、なぜキャンプ中にバレンタインなんて行事があるんだろうか。忙しいのに!自棄になって走り出したい気分を抑え、ゆっくりと頭の中でスケジュールをなぞる。今日こそは監督インタビューをもぎ取らなくては。そのための賄賂、のようなものは安くとも渡してあるのだからとグルグルと思いを馳せていたところに、ボスン、ぶつかった。
「あっスイマセン!……って赤崎くんか」
途端に下がった声に、目の前で赤崎が眉をしかめる。
「何すかその声は……まぁ、いいけど」
練習が終わってから、どこかに出かけたのだろうか。赤崎はダウンジャケットを手にした私服姿だ。こうして見ると、どこにでもいる男の子のようなのに。そんなことを思いながら、あどけなさが無くなってしまった顎の線を見上げる。そう、見上げるのだ。何てこと!
有里が過去と現在に思いを馳せて愕然としている間、赤崎も何か考えるように首を傾げて、漠然と、悩むような目の色をしている。珍しい現象に、有里は思わず目を瞬かせる。
「何?」
切り込むような有里の質問に、赤崎は微かに身じろぎをする。がっちりと合った二人の視線が、揺れる間もなく赤崎が目を逸らす。
「……ポットの。横にあったの見ましたよ」
何を逸らされたのか、一瞬見失いかけた有里だったが、その声で小さく立て直す。それくらいで直ってしまうくらいの小さな、ものは消えてしまう。
「あぁ、赤崎くんも、お腹空いたら食べてよ」
あっけらかんと言い放った有里に、返ってきたのはわざとらしいため息だった。
「ビックリするくらい色気に欠けてますよね」
「余計なお世話だよ!」
勢いよく言い返すと、赤崎がクスリと笑う。その笑い方がどこか大人びていたことに、もう一度目を瞬かせた。
あれ、この子、こんな笑い方、したっけ?
思わず首を傾けかけた有里の目の前に、ヒョイと差し出されたのは最近コンビニでよく見かけては舌打ちをしたくなっていた、あの商品。
「あ、これ……」
こんなの渡す男子がどこにいるんだよ、と見るたびやさぐれていたものが、今、なぜここに。目を丸くしていると、ぶっきらぼうな声がチョコレートの箱の上に被さってくる。
「流行ってるみたいなんで」
その声に背中を押されるように、ロゴが逆になった、馴染みあるお菓子の箱をそっと受け取る。思いのほか、丁寧な仕草になったことに二人ちょっと驚く。
「あ、ありがとう……」
「え、いや別に……」
何だこの空気は。早く抜け出したいと、気持ちだけは焦るのになぜか動けない。何か、何かを、言わなくては、壊せないのに。壊せない。
何だこの空気。
「有里ー」
かかった声に、二人で振り向く。その勢いに達海が少し驚いた顔をした。
「何、俺、邪魔した?」
「「全然!」」
勢いのいい否定の声に、微かに眉をしかめたのは心の中でだけだ。多分そのはずだ。達海は有里と赤崎、二人の顔を見比べて、「まぁ、いいならいいけど」と肩をすくめた。
「有里、今日俺に用事あるんじゃなかった?」
「あぁ!うん!そう!」
「そんじゃ、部屋にいっからな」
来るならさっさと。念を押して、達海がその場を去っていく。取り残された二人は、しばらく呆然としていたのだが、やがて有里はやけに元気よく声を出した。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ!」
その声に、ハッとしたように赤崎が頷く。
「い、いってらっしゃい……」
「うん!」
そうして手を振って背中を向けた。何かもやもやとしたものを振り払ったような、それとも置き去りにしたような、複雑な気持ちで絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。
何か、何かを、今、何かを。
逃がしてしまったの、かしら?
思わず足を止める。後ろの気配は、ただ遠ざかっていくのが分かる。
あぁ、振り向きたい。
突然やってきた衝動に身を任せるのか任せないのか分からないまま、ギュッとスケジュール帳を握りしめると、力の入った肘がジャケットのポケットに当った。軽い感触は、何でしたっけ、逆チョコ?
ポケットの中を見て有里はクスリと笑う。力を抜いて、また前を見る。
「よっしゃー!やるぞー!」
気合を入れると、後ろでギョッとした気配を感じたのでそっと伺う。驚いた顔をした赤崎は、有里と目が合うとどうしようもない、と全身で訴えながら笑い出した。
「おっさんみてぇ」
言われたことに大いなる不満はあれど、赤崎は随分柔らかな顔で笑っているので。
有里もまた笑った。だってどうしようもない。
力を抜いて、クツクツ笑って、また、前を向く。今度は振り返らない。そんな気がする。
あの変な空気、あの残り香が、甘かった気がするのは今はまだ、気のせい。

作品名:メモリーズ・カスタム 作家名:フミ