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メモリーズ・カスタム

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3.14



「永田くん、これ、うちの奥さんから」
ニコニコと編集長から渡されたのは、セロファンに包まれた素朴な焼き菓子だった。手作りだということはもう、知っている。
「わ、なんか、スミマセン」
自分があげた、と言うか置き去りにしたものを脳裏に浮かべて有里は冷や汗をかく。これはまさに、海老で鯛を釣るということわざそのものなのではなかろうか。去年も思ったことを今年もまた思うと、やはり以前に見たときと同じように、上司は軽く手を振った。
「いやいや、こっちこそ味見係を押し付けちゃって悪いね」
作るの好きでねうちの奥さん、ここぞとばかりに張り切っちゃって。
苦笑にすらならない緩い笑みに、有里は満面の笑みを返す。
「役得です。ありがとうございます」
よろしくお伝えください、と付け加えると、「調子に乗るからよしてよ」と手を振ってから笑われた。編集長の後ろ姿に、肩をすくめて有里はポケットに、入れかけたお菓子を自分のデスクの上に置く。
あぁ、もう、何で。
もう何度目かは分からないほど繰り返した問いかけを、もう一度頭の中で鳴らして眉間のしわをほぐす。しかめっ面の有里に、編集長が声をかけようとする寸前に、「外出てきます!」と大きな声を出してカバンを掴むと、そのまま小走りに廊下を駆けた。
服装は、そのまま。ポケットの中にあるものも、そのまま。
お礼を言われるなんて、そう悪い気はしないことなのだから。さっさとあっさり済ましてしまえばいいだけなのに。どうしてか動き出せずに悶々とし、しかも仕事となればそちらに熱中する。
「やってしまった……」
有里はうめいてからクラブハウスのドアの前にカバンを落とした。建物の窓からはちらほらと灯りが見え、その他は静寂をそっと届けてくる。つまるところ、今は、夜だ。
やってしまった。
ガックリと項垂れて、でもどうしてこんなに気落ちしているのか自分でも分からないまま、有里はドアノブをつかむ、そのはずだった。
「あ」
小さく置かれた言葉に顔を上げると、そこには見慣れた人物の姿がある。
「……何で」
思わず出た有里の呟きに、赤崎は顔をしかめた。
「監督からの頼まれもんすよ。ユース上がりで気になる選手がいるっぽいすよ」
そっけない口調で、でも目元に少しの嬉しさが隠し切れずに滲む。そうかこの子も、と思うと有里にもまたプクプクと腹から嬉しさが膨れてくる。笑みを零して、その拍子に揺れた自分の体が起こした音にギクリとなった。左のポケット。今日一日、無駄に存在を主張していたもの。途端に動きをギクシャクさせた有里に、赤崎は不審な顔を向ける。
「どうかしました?」
監督、まだいますよ。当たり前だけど。
付け加えて、クラブハウスの中を指で示す。それは、分かっているのだと有里はぎこちなく頷く。それを見て、不思議そうに首を傾げたあと、赤崎は「それじゃ」と足を外へ向けた。多分そうだった。止めてしまったけれど。
「あ!あ、あー……」
呼び止めといて、何で、戸惑ったのか良く分からない。けれど有里は確かに戸惑って、振り返った赤崎にどうにも悔しさを感じて、やけくそのような気持ちでポケットから小さな箱を取り出した。
「お礼!」
しかもどうなんだこの小学生男子のような対応は。自分自身に対して内心ガックリと肩を落としていた有里の前で、赤崎はリボンのかかった箱をじいっと見ている。そうしてゆっくり手を伸ばした。
「……どうも」
箱に、だ。触れなかった。指先も交わさないで、二人は自分自身の元に手を戻して。なんだ、と思った。そんな自分に内心首を傾げたのだけど、まぁいいかと思い直してそのまま向き直る。
「こちらこそ」
フフ、と笑うと赤崎も微かに笑みを見せた。それにもう一度笑ってから有里は手を振る。
「んじゃ、おやすみね」
そうして今度こそドアを開けようとした、有里の手は赤崎につかまれた。
ギョッとして、振り返る。有里の前で、赤崎も目を迷わせていた。驚いた有里の目を見た後は、尚更に。けれど揺れる目はいつの間にか、いつの間にか軸を定めていく。有里の目の前で。有里を見ながら。それを見ているうちに、有里は段々不安になってくる。
何を、始めるんだろう、この子。
予感が引き連れてきた不安に、有里は呆然としてしまう。そうしているうちに、赤崎は口を開いてしまう。
「今度、どっか行きませんか」
有里は震えそうになる唇に力を込める。思わず視線を下へと向ける。赤崎の手が自分に比べて随分ごついことに、気付いてしまったら何か、止まらなくなってしまいそうだったので意識を外に置いた。もしかして、私、混乱してるのかしら、と思う有里を余所に、赤崎は微動だにしない。悔しくなって顔を上げると、赤崎は微かに怯んで、しかしまた挑むように有里に視線を置いた。
「二人で」
何で、と赤崎を見ながら有里は考える。何だか最近、そんな風に訊きたくなるようなことが増えた気がする。自分と、この男の子の間に。
何で?
「……おう」
しかし有里が出したのは問いかけとはまるで違っていた。低い低い声に、赤崎は虚を突かれたように目を瞬かせる。
「……何すか?その声」
しかも逆に訊かれた。むっとした有里はつかまれたままの手を振り払って、そのまま両手を腰に当てた。お得意のポーズだ。
「う、うるさいなぁ!いいの声なんてどうでも!行くったら行くの!」
フン、と鼻を鳴らすと、赤崎はなぜかポカンとしていた。
「……行くんすか?」
問いかけるその目を有里はねめつける。
何で、わざわざ驚くんだ、バカ。
「行くよ!」
仁王立ちの有里を呆然として見ていた赤崎だったが、徐々にいつもの空気を周りに戻していった。即ちいつもの、生意気な。
「何か、やたら偉そうなんすけど」
「そんなことはありません」
腕を組んで応える有里に、「どこが」と呆れた声で言ってからちょっと揺れた。笑ったのだ。それを見て有里も笑う。でもまだ安心は出来ない。胃の底はまだ揺れている。まだ、ふわふわした空気は、残っている。その証拠に、赤崎は笑う口元に手を当てたままで有里に言ってきた。
「どっか、行きたいトコは?」
キシ、と空気が音を立てる。ぎこちない、動きで私たち何をしようとしてるんだろう?今までと何かが変わろうとしている。先は見えない。何だかまるで、目隠しゲームをしてるみたいじゃないか。
「……楽しいトコ」
手探りの有里が出した声はひどく子供じみていて、自分でビックリしてしまう。大きな目を益々大きくした有里を見て、赤崎は何かを言いかけるように口を開き、結局何も言わないでダウンのポケットに手を入れた。
子供みたいに。しかし子供の約束は、えてして真剣極まりないのだ。
「じゃあ、そういうことで」
赤崎の声に有里はカクカクと頷く。ではではと、別れる仕草も全くぎこちない。
けれど約束は、交わしてしまった。二人で。
あぁっ!とうめいてうずくまりたい、そんな気持ちを抑えて有里はクラブハウスの廊下を歩く。本当は、駆け出したい。もしくは壁を蹴り倒したい。
あぁもう何でこんな、こういうの私本当にイヤだ。
向いてないのよ本当に。あぁもうあぁ、イヤだぁ!
作品名:メモリーズ・カスタム 作家名:フミ