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Call,Call,Call!

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僕の憂鬱に関する二、三の事象



チリチリと、他愛ないものが降り積もっていく。

「ザキさん、永田さんが練習終わったら事務室まで来て欲しいそうです」
ふいに出された言葉を、どうしてかうまく受けとめられなくて赤崎は瞬きをする。けれど表情だけは何とか変えずに「あぁ」と返事をした。あの小柄な体に、勢いのみを詰め込んだ人に、伝言を押し付けられたのであろう椿は、そんな赤崎を見て少し、不思議そうな顔をしたが、あっさり直してそのまま素直に頭を下げる。ペコリと、音がしそうなお辞儀の仕方だ。そうして自分のロッカーへと向かった椿に、世良の目敏い声がかかる。
「あれ、それ何味?」
覗き込んでみれば、椿の手には三十分は融けないことを謳った棒付きの飴がある。
「えぇっと、プリン?みたいっス」
飴を蛍光灯にかざし、包装紙に小さく書かれた文字を探して答えた椿に、世良がおかしそうに笑い声を上げる。
「何でお前が味知らねぇの?」
クスクス揺れる肩に、ほぐれるように椿も笑みを見せる。
「貰ったんす。永田さんに」
お駄賃って。
零れた言葉は何やら姉弟のような光景を浮かべさせて。ロッカールームをどこかのどかな空間へと変える。けれど赤崎は憮然とした表情にならないように気をつけていた。口のどこかがピリピリする。それは世良の「有里さんらしいなー」という言葉でますます大きく響いたのだけれど、見て見ぬ振りで、応じる。それは慣れた仕草だった。不本意ながら。
お駄賃て、あの人全然変わってねぇな。
けれども思い出してしまったものは消えない。昔同じようなものを貰った。手の中の温度と、あっけらかんとした笑い方。全然変わってない。距離は全く変わっていない。

「ねぇ、君ユースの子でしょ?」
バス停でイヤホンを取り出しかけた赤崎に、そんな声がかかった。振り向けば近くの学校の制服を着ている、女子だ。見覚えが無い顔からのなぜか正確さを含んだ呼びかけに、不審そうな表情を隠さなかった赤崎だが、視線の先の明るさは、全く曇りはしなかった。
「いや私、ETUの、サポでね」
クスクスと笑いながらそんなことを言って。「それ全然答えになってねぇと思うんだけど」という赤崎の言葉には、目をまあるくしてから「そお?」と首を傾げた。そうして、気にする様子も無くやってきたバスに一緒に乗り込み、隣のままでいる。赤崎はイヤホンを、どうしてか着けられずにバスの走る音を聞いていた。夕暮れまでにはまだ距離がある、外は白色めいている。窓に切り取られた光が、ちょうど女子の肩に当っていた。小さく反射するのはバスの中の埃だ。分かっているのにそれが妙にキラキラと、見えるので。ちらり、ちらりと視線を向けてしまう。だから、窓に目を向けたままの女子が、小さく唇を動かしたことにもすぐに気付いた。
「ETUはさぁ、……どうなるかなぁ」
それは夜眠る前に、子供が親に尋ねるような、ひどく無垢な響きを持っていた。なのにそれを発した人の目は、しんと静かに、沈んでいる。赤崎は見ていられなくて真正面、外を見る。木漏れ日が目を焼く。緑の季節はいつも一喜一憂しているのは隣も同じだと分かる。赤崎はふいに肩に重みを感じた。練習の際にいつも持つ、ショルダータイプのスポーツバッグも、キラリと光った。バスが曲がったのだ。
「……俺が入ればすぐまた強くなる」
曲がり角でざわついたバスの中で、赤崎の呟きは自分にも奇妙に静かに聞こえた。それに微かに目を瞠り、憮然とした顔になる。隣はひどく素直に驚いた顔をしているし。怒ったように沈黙する赤崎の横で、女子は次第に体の中で大きくなる嬉しさ、みたいなものをとうとう隠し切れなくなったように、笑った。とても何だか、笑顔だった。
「そっかぁ」
安心した、と頷く顔が、本当に子供のような色気の無さだったので赤崎は呆れる。揺れる肩、とそこへ伸びていく白い首筋は、どう見たって子供ではないのに。仕草にいちいち勢いがあって、どうにも、目を取られてしまう。瞬きのあと、急にイタズラっぽく光った目を見てそんなことを思う。
「なるだけ早く、ね」
来るの待ってるよ、という言葉に赤崎は苦笑しかけ、ふと首を傾げる。小さな違和感に戸惑っていたが、答えは案外すぐ、バスから降りる女子から知れた。
「あ、私、次だ」
あっさりとした言葉と共に、ヒラリ、軽やかにブザーに手を伸ばす。その無機質な音と動きの、認めたくないが鮮やかさ、に半ば呆然としていた赤崎を、女子はじいっと見て、言った。
「ねぇ、ユースのコーチに木田さんっているでしょ?あの人に、ツケの支払いは今月末までって伝えてくれる?」
「……は?」
よく見えないことは好きではない。だからこその怪訝な声と顔だったのだが、何を勘違いしたのか、女子は不思議そうに目を瞬かせたあと、納得したように一つ頷く。そうして世間話をするおばさんのように片手を振った。
「あ、まさかタダでなんて言わないよ。コレ、お駄賃」
そうして鞄のポケットから取り出したものを赤崎に握らせると、「よろしくね」とまた笑った。手の中で、飴のパッケージがカサリと鳴る。ギザギザが、奇妙に温かい。不可思議な感覚に、赤崎は顔をしかめる。
「……やす」
「何よ、十分でしょー?美味しいよ」
赤崎のぶっきらぼうとも取れる言葉など物ともせず、気安く笑う女子は止まったバスから降りると、振り返って赤崎に手を振った。ユリからって言えば分かるから!というやけに勢いのいい伝言と、白く動く手を赤崎の脳裏に残して。そうして練習前、律儀に言葉を伝えた赤崎は、あの女子が会長の娘であることを知った。「言われちゃったか」と苦笑気味に体を揺らすコーチは、しかし笑顔に親しみをこめている。それは多分、あのユリという子そのものへの親しみなのだろう。立場など、関係なく。
ETUの、サポだと言っていた顔を思い出す。納得する、よりはもう少し遠い、そんな気持ちのままの眼差しをしていた赤崎に、コーチはニヤニヤと笑いを変えて言う。
「いい子だったろ?ユリちゃん」
それは、肯定するにも否定するにも、判断材料が全く足りない。だから思ったことをそのまま言った。
「ガキみたいな女でしたね」
「こらこら」
呆れたような声に肩をすくめる。「お前と同じ……あれ、年上だったっけかな?」と記憶を辿るように頭を捻るコーチにふうんと思った。一度たりともじっとしていない、コロコロ変わる表情を持った女がガキではなくて何なのだ。それにしても、ユリという字は一体どう書くんだ。ふと思いついた考えは、余りにも朧げですぐに消えてしまった。名残に微かに首を傾げて、赤崎はグラウンドを見る。まだ砂色をしたところにいるけれど、いつか。
いつか、緑色の場所に行く。
そんなことを思った。貰った飴は帰りに食べた。バッグから取り出したときにも妙に温かくて、赤崎は感触を消してしまうように、空の手を軽く振ってからポケットに入れる。陽が落ちると風がまだ冷たくなるような、緑の頃だった。

未だに覚えている自分に絶望的な気持ちになりながら、赤崎は廊下を歩く。「行くぜー!」と忙しなく体を動かす先輩に、どう混ぜ返してやろうか、などと考えていたところに、後ろから世良と同じくらい威勢のいい声がかかった。
「あー!赤崎くん!見た!見たよテレビ!」
作品名:Call,Call,Call! 作家名:フミ