永遠までのあと五分
帝人の部屋はいつも、パソコンのたてる機械音と、帝人のたてる生命音と、窓の下を走る車の廃棄音で埋め尽くされている。
というか、それだけの音でいっぱいになってしまう位に狭い。吃驚するほど、狭い。
臨也が特別広い部屋が好きというわけではないが、オフィス兼自宅の高級マンションと比べてみると、ここは驚くほど簡素で、無用心で、そしてやっぱり狭かった。現にさほど体格の良い方ではない臨也でも、部屋の真ん中に座って両手を伸ばせば、ほとんどの物に手が届いてしまう。壁にも、窓にも、そして帝人にも。だから臨也はこの狭い四畳半がたまにとても愛しくなって、同時に憎たらしくなって、壁を蹴ったり、窓を叩いたり、はたまた帝人に抱きついてみたりした。偶然を装って。でも確かな意思を持って。
「臨也さん、邪魔です」
「帝人くんが作業やめてくれないから」
「ちょっと待ってて下さいって五分前に言ったばかりでしょう・・・」
「もう五分も待った」
「まだ五分、です」
机の傍らに用意したお茶を啜りながら帝人が静かに呟く。出された瞬間に飲み干してしまったので、臨也の分はもうない。
お代わりは自分で入れてください、と指差された冷蔵庫はこれまた小さくて、おまけに中古で、冷えがもうあまり良くなかった。飲み干してからぬるいね、と言った臨也の顔を見て不機嫌そうに寄った眉根を人差し指で解いてやりながら、新しいの見に行こうよ、と言ってから五分。じゃあ評判が良いのを調べます、と帝人がパソコンに向かってから五分。短くて長い五分の間に、この部屋から臨也のたてる生命音は綺麗さっぱり消えてしまった。つまりは、待っていることに飽きたのだった。
「良いの調べたって、店においてあるかわかんないじゃん」
「問い合わせます、電話で」
「そこまでにあと何分かかるの?」
「臨也さんはあと何分なら待っていられるんです?」
「もう無理」
ぎゅ、と更に抱きついてみてわかる。帝人の着ているTシャツのこと。身丈が少し足りていないように思った。立ち上がったらお腹とか見えちゃうんじゃないのかな。その為のパーカーなのかな。ハンガーにかけられて用意された緑色のパーカーに目をやりながら、待っていることに飽きた脳で推察してみる。
自分が帝人と出会ってから、帝人の身長が極端に伸びた記憶はなかったので、これはきっと実家からもってきた服なのだろう。洗濯をすれば服は縮むから、持ってきたときにはそうでもなかった身丈が足りなくなった。うん、それだ。それに違いない。
目処がついたのか深呼吸した拍子に見えたお腹につつっと指を這わせてみると、帝人は小さく飛び跳ねて、それから怒った。
「い、ざやさんっ、ちょっと!」
「帝人くんこの服、丈がもう足りてないよ?」
「・・・へ?」
「他のもみんなそんな感じなんじゃない?ついでだから服も買おうか。10着位」
「そんなに手持ち、ありませんよ」
「カードで買える店なら大丈夫」
「え?いえ、そんなつもりで言ったんじゃ・・・、」
「そう?でも俺はそのつもりで待ってたんだけど」
だから冷蔵庫は、どうせだったら三段の奴にしようね。
帝人の手からマウスを奪って、抱え込むようにして画面を見ながら臨也がページを進める。冷蔵室と冷凍室があれば良い、値段も安くて評判が良ければなおのこと。そう思って決めた二段の冷蔵庫はあっさりと、クリックの波に飲まれてしまった。
臨也が検索しているのは三段、大冷蔵、両開き、エコ、など帝人が微塵も気にしていなかった単語ばかりで、勿論値段は桁が一つ違った。そんなの買うわけがないし、買ってもらうなんてもってのほかだ。しかも言わせて貰うなら、四畳半にこんなものを置いたら、部屋のほとんどが冷蔵庫になってしまう。
臨也は右手でマウスを動かしながら、左手はいつの間にか帝人のお腹から離れて、すっかり毛羽立ってしまった畳に落ちている。先週この部屋にやってきた時は、そろそろ畳変えようよ、なんて言っていた。あれもお金を出すつもりだったのかと思うと、帝人は今更ながら情報屋のこの男の金銭感覚を疑うのだった。
「帝人くん、こんなのはどう?切れちゃう冷凍気になるよね」
「臨也さん、そんなのあの玄関から入ると思います?」
「・・・あ」
「しかもそんなの置いたら、ただでさえ狭いんだから寝るとこなくなっちゃいますよ」
「うーん・・・」
「おまけに服だって、10着買っても置く場所ないです」
「えー・・・」
「タンスを買う、っていうのは冷蔵庫と同じ理由で却下ですからね」
考える余地を与えないように、矢継ぎ早に否定の言葉を並べる。無駄に回転のいい臨也の頭ではすぐに次の手が浮かんでしまいそうだからいつも怖いのだ。上手く流されそうで。
今日だって本当は駅前で待ち合わせたのに、待ち合わせ時間より前に臨也が家にやってきてしまったから、パーカーで隠れるはずだったTシャツがバレてしまった。冷蔵庫だって、いつもだったら家にくる途中のコンビニで飲み物を買ったり、はたまたついこの間までは暖かい飲み物を出していたのでバレなかったのに、本当に今日はタイミングが悪い。
すっかり動きが止まった臨也の手からマウスを取り返して、先ほど目をつけた冷蔵庫のページまで戻る。これだって別に古いわけじゃないのだし、冷えればなんの問題もないのだ。この狭い四畳半で生活するには、寝転んでドアが開けられる位のサイズで丁度良い。というか、それがいい。
臨也はこの部屋にあるものがなんでも気に入らないようだったので、本当は最初から意見を聞くつもりもなかった。彼の気に入ったものばかりこの部屋にいれていたら、帝人はそれこそ押入れの中で寝ることになりかねない。笑えないことに。
それだけは避けねば、と別窓で近くの電気店の電話番号を調べる。さっさと問い合わせて早くこの冷蔵庫を買いに行ってしまえば良いのだ。そこまですれば流石の臨也も黙るだろう、そう思ってのことだった。の、だが。
というか、それだけの音でいっぱいになってしまう位に狭い。吃驚するほど、狭い。
臨也が特別広い部屋が好きというわけではないが、オフィス兼自宅の高級マンションと比べてみると、ここは驚くほど簡素で、無用心で、そしてやっぱり狭かった。現にさほど体格の良い方ではない臨也でも、部屋の真ん中に座って両手を伸ばせば、ほとんどの物に手が届いてしまう。壁にも、窓にも、そして帝人にも。だから臨也はこの狭い四畳半がたまにとても愛しくなって、同時に憎たらしくなって、壁を蹴ったり、窓を叩いたり、はたまた帝人に抱きついてみたりした。偶然を装って。でも確かな意思を持って。
「臨也さん、邪魔です」
「帝人くんが作業やめてくれないから」
「ちょっと待ってて下さいって五分前に言ったばかりでしょう・・・」
「もう五分も待った」
「まだ五分、です」
机の傍らに用意したお茶を啜りながら帝人が静かに呟く。出された瞬間に飲み干してしまったので、臨也の分はもうない。
お代わりは自分で入れてください、と指差された冷蔵庫はこれまた小さくて、おまけに中古で、冷えがもうあまり良くなかった。飲み干してからぬるいね、と言った臨也の顔を見て不機嫌そうに寄った眉根を人差し指で解いてやりながら、新しいの見に行こうよ、と言ってから五分。じゃあ評判が良いのを調べます、と帝人がパソコンに向かってから五分。短くて長い五分の間に、この部屋から臨也のたてる生命音は綺麗さっぱり消えてしまった。つまりは、待っていることに飽きたのだった。
「良いの調べたって、店においてあるかわかんないじゃん」
「問い合わせます、電話で」
「そこまでにあと何分かかるの?」
「臨也さんはあと何分なら待っていられるんです?」
「もう無理」
ぎゅ、と更に抱きついてみてわかる。帝人の着ているTシャツのこと。身丈が少し足りていないように思った。立ち上がったらお腹とか見えちゃうんじゃないのかな。その為のパーカーなのかな。ハンガーにかけられて用意された緑色のパーカーに目をやりながら、待っていることに飽きた脳で推察してみる。
自分が帝人と出会ってから、帝人の身長が極端に伸びた記憶はなかったので、これはきっと実家からもってきた服なのだろう。洗濯をすれば服は縮むから、持ってきたときにはそうでもなかった身丈が足りなくなった。うん、それだ。それに違いない。
目処がついたのか深呼吸した拍子に見えたお腹につつっと指を這わせてみると、帝人は小さく飛び跳ねて、それから怒った。
「い、ざやさんっ、ちょっと!」
「帝人くんこの服、丈がもう足りてないよ?」
「・・・へ?」
「他のもみんなそんな感じなんじゃない?ついでだから服も買おうか。10着位」
「そんなに手持ち、ありませんよ」
「カードで買える店なら大丈夫」
「え?いえ、そんなつもりで言ったんじゃ・・・、」
「そう?でも俺はそのつもりで待ってたんだけど」
だから冷蔵庫は、どうせだったら三段の奴にしようね。
帝人の手からマウスを奪って、抱え込むようにして画面を見ながら臨也がページを進める。冷蔵室と冷凍室があれば良い、値段も安くて評判が良ければなおのこと。そう思って決めた二段の冷蔵庫はあっさりと、クリックの波に飲まれてしまった。
臨也が検索しているのは三段、大冷蔵、両開き、エコ、など帝人が微塵も気にしていなかった単語ばかりで、勿論値段は桁が一つ違った。そんなの買うわけがないし、買ってもらうなんてもってのほかだ。しかも言わせて貰うなら、四畳半にこんなものを置いたら、部屋のほとんどが冷蔵庫になってしまう。
臨也は右手でマウスを動かしながら、左手はいつの間にか帝人のお腹から離れて、すっかり毛羽立ってしまった畳に落ちている。先週この部屋にやってきた時は、そろそろ畳変えようよ、なんて言っていた。あれもお金を出すつもりだったのかと思うと、帝人は今更ながら情報屋のこの男の金銭感覚を疑うのだった。
「帝人くん、こんなのはどう?切れちゃう冷凍気になるよね」
「臨也さん、そんなのあの玄関から入ると思います?」
「・・・あ」
「しかもそんなの置いたら、ただでさえ狭いんだから寝るとこなくなっちゃいますよ」
「うーん・・・」
「おまけに服だって、10着買っても置く場所ないです」
「えー・・・」
「タンスを買う、っていうのは冷蔵庫と同じ理由で却下ですからね」
考える余地を与えないように、矢継ぎ早に否定の言葉を並べる。無駄に回転のいい臨也の頭ではすぐに次の手が浮かんでしまいそうだからいつも怖いのだ。上手く流されそうで。
今日だって本当は駅前で待ち合わせたのに、待ち合わせ時間より前に臨也が家にやってきてしまったから、パーカーで隠れるはずだったTシャツがバレてしまった。冷蔵庫だって、いつもだったら家にくる途中のコンビニで飲み物を買ったり、はたまたついこの間までは暖かい飲み物を出していたのでバレなかったのに、本当に今日はタイミングが悪い。
すっかり動きが止まった臨也の手からマウスを取り返して、先ほど目をつけた冷蔵庫のページまで戻る。これだって別に古いわけじゃないのだし、冷えればなんの問題もないのだ。この狭い四畳半で生活するには、寝転んでドアが開けられる位のサイズで丁度良い。というか、それがいい。
臨也はこの部屋にあるものがなんでも気に入らないようだったので、本当は最初から意見を聞くつもりもなかった。彼の気に入ったものばかりこの部屋にいれていたら、帝人はそれこそ押入れの中で寝ることになりかねない。笑えないことに。
それだけは避けねば、と別窓で近くの電気店の電話番号を調べる。さっさと問い合わせて早くこの冷蔵庫を買いに行ってしまえば良いのだ。そこまですれば流石の臨也も黙るだろう、そう思ってのことだった。の、だが。