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protector

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こんにちは、ディアーナです。

 ルーくんが、あんなに嫌がっていた病院に毎日顔を出してドクターの手伝いをしています。
 ドクターに聞いたら、バイトさせてもらえないかって言ってきたみたい。ルーくんが自分から言い出すなんて、珍しいよね。もしかして、医療に興味でもあるとか?
 そう思って観察してみたんだけど、どうやらそうでもないみたい。医学書を読んでいる様子もないし、手が空くと掃除や整理整頓をやっている。あたしがやるよって言ってみるんだけど、「お前がやるくらいなら俺がやった方が早い」ですって。失礼しちゃうよね、まったく。
 それにしても、本当に一体どういう風の吹き回しだろう。

「…ほら、それ、貸せ」
「あ…うん、ありがとう」
「お前に持たせたら、また無茶して落っことしてその辺の棚にあるもんぶちまけるのが目に見えているからな」
「むっ…そんなこと無いです、私だってそれぐらい…ってちょっと聞いてる!?ルーくんっ」
歩くのが早いルーくんを、私はやや早足で追いかける。
 ルーくんはとても色々できる人で、自分で言うのも悔しいけどあたしとは正反対だ。
 発言も少しぶっきらぼうだけど、私が何かしているとこうやってよく手伝ってくれる、言うならばとても気の利く人。
 あたしじゃなくても、知り合いが困っているとなんだかんだ言って手を貸してくれる。そう、ルーくんはとても優しい人なのです。

「…ディアーナ、ルーとはうまくやっているみたいだな」
「あ、ドクター!そりゃまぁ、一時は一緒に働いた仲ですし」
カルテを整理しながらドクターに返すと、ドクターは一度頷いた。そう、あたしとルーくんは、自警団で働いたことがある。顔見知りの自警団員にお願いされて、一緒に一年間バイトしていたんだ。

「でもドクター、ルーくんどうしてここでバイトするって言い出したんでしょうか」
「……、さあな」
「あ、今の間。ドクター何か知ってるんでしょう?」
「知らん。無駄口を叩いてないで、さっさと終わらせろ」
そう言い放つと、ドクターは診察室の奥へと籠もってしまった。すると丁度、買出しに出ていたルーくんが帰ってくる。両手に紙袋を抱えて、少し重そう。こういうとき、やっぱり男手はあったほうがいいと実感する。あたしは、自然と笑顔になった。

「おかえりなさい、ルーくん!」
「ただいま、ここに置いておけばいいか」
「うん、後であたしが片付けておくから。ルーくんもう上がる時間でしょ」
あたしは丁度カルテ整理を終わらせると、ルーくんは時計を見上げて「ああ」と一度頷いた。そのまま荷物を取りに奥の部屋へと入っていく後姿を見送って、あたしはルーくんの買出してきた買い物袋に駆け寄る。
 すると、背後で扉が開いた。

「ディアーナ、やっぱり――」
「え、…ひゃああああ!」
「危ない!」
ルーくんが声を掛けてきて、それに振り向いた瞬間――あたしは服の袖をカルテの棚の端に引っ掛けた。それも、ちょうど今詰め込んだばかりのぎゅうぎゅうの棚の。
 当然カルテは引っ張られ、崩れる。あたしは慌ててカルテの山を何とか両手で押さえ、本棚に押し込むとほっと一息吐いた。
 が、不意に影が差した。一瞬の、出来事だった。

――ばさばさばさっ

 頭上からカルテが降ってきた。反射的に目を閉じて、紙の折り重なる音に耳塞ぐ。
 しかし、あたしには当たらなかった。ゆっくりと目を開けると、周りにカルテが散らばっている。足元にひらりと落ちたカルテが眼に飛び込んできて、気付く。鮮やかな赤い罰点印が付けられているこれは、破棄予定の古いカルテだ。この棚の一番上に、ダンボールに入れられて置かれている。一番上にあたしは手が届かないから、ドクターがいつも管理していた。それが、あたしが棚を少し揺らした弾みで降ってきたらしい。

 それじゃあ、何で私に掛からなかったの。あたしは、ゆっくりと顔を上げてようやく今置かれている状況を正確に理解して、血の気が引いた。

「お前な…もう少し周囲に気を配れ」
「ルーくん!?ちょっと、大丈夫!?」
ルーくんが、棚に両腕をついて思わず座り込んでいたあたしを庇っていた。
「ああ…これくらい。たかが紙とダンボールだ」
あたしから離れてそう言うと、ぱらぱらと何枚かのカルテがルーくんから床へ、ひらひらと落ちる。ルーくんは軽く服を払ってしゃがみ込むと、散らばったカルテを拾い始めた。

「戻ってきて正解だったな」
「はう…ごめんなさい」
「謝るな。たまたまお前のドジが引き金になったが、これだけ溜め込んであんな不安定なところに置いていたドクターの管理が悪い」
その言葉に、私は少しだけ泣きそうになってしまって、カルテを集めることに集中した。ルーくんは手際よく足元のカルテを一通り拾い集めると、足元に転がるダンボールへと入れる。どう見ても、あたしが拾う倍の速さで拾って片付けている。あたしは、黙々とカルテを拾いながら考えていた。やっぱりこの人は、できる人だ。
 でもルーくんみたいなできる人なら、クラウド医院じゃなくても働ける場所が沢山あるのに。ルーくんを欲しがる人は、きっといくらだっている。
 全てのカルテを拾い終えると、ルーくんはダンボールを抱えて部屋の端に下ろした。

「これでいい。俺がドクターに今日中に処分したほうが良いと言っておくから、このまま置いておけ」
「あ…ありがとう、ルーくん」
あたしは背の高いルーくんを見上げてお礼を言う。ルーくんはいつも通りのポーカーフェイスで一言「どういたしまして」と返して、買出しの荷物の入った紙袋に手を掛けた。あ、とあたしが呟くとぶっきら棒に一言言った。「…残業だ」って。どうやら、手伝ってくれるみたい。
 あたしは、ルーくんと一緒に荷物の片づけを始めた。

「ねえ、ルーくん」
「何だ?」
「ルーくんは何で、クラウド医院で働こうと思ったの?病院、嫌がってたじゃない」
半年ほど前の出来事を思い返す。健康診断に来るのを、ルーくんは断固として嫌がった。結局あたしの診察と病院に来て健康診断を受けることの選択を迫られて、病院に来たんだけれども。まったく、失礼な話だよね。あたしとしても、一番安心な選択肢だったんだけどさ。
 ルーくんは一瞬だけ手を止めてあたしを見下ろした。目を合わせるようにあたしも顔を上げると、すぐに作業に戻ってしまった。

「別に、深い理由は無い」
「…珍しいね、理由も無くルーくんが行動するのって」
「いや…無いというのは語弊があるな。あるにはあるけど、お前に言う謂れは無い」
「ぐさっ…ルーくん、今のすっごく傷ついたんですけど……あたしたち一応、一年間一緒に働いた仲間だよ?少しくらい心を開いてくれたってさあ…」
ルーくんはあたしの言葉をはいはい、と聞き流してと手にした本を片付けるために部屋の隅の本棚へ歩いていく。
「…ここだな」
「ちょっと、聞いてるの…っきゃあ!」
咄嗟に方向転換したせいで、あたしは段差に思い切り躓く。あああああこのままじゃ床とお友達に…っ!鼻に絆創膏はもう嫌ぁ!
 そう思ってぎゅっと目を閉じた瞬間、ぼす、とお腹に緩い衝撃が走った。私は、恐る恐る目を開ける。すると、目の前だと思った床は、遥か遠くにあった。あれ……?
作品名:protector 作家名:さくら藍