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バルカ機関報告書

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  開幕までの一時

監査官エレナのアルビオンでの公式の発言は、次のような挨拶をもって始まった。
「連合政府内務省情報局より派遣されたエレナ・ゴールドウィンです。連合特別措置法第一一三条に基づき、アルビオン連合特別地区における区政の査察に参りました」
場所はアルビオンD・U政庁舎にある区長室。エレナのアルビオン区長の観察が始るのもここからである。
 一方、監査官エレナの外交辞令に対するアルビオンの区長の第一声は以下のようなものであった。
「遠い所をようこそおいで下さいました」
若い区長は席を立つと、デスク越しにエレナのほうに右手をのばした。
「区長のコレオーネです」
黒い瞳を持つ若い区長は笑って続ける。
「何か御入り用なものはございますか?何なりと御申しつけ下さい」
『アルビオンの法王』という巷間の揶揄とは裏腹に、青年の笑顔は生臭さを感じさせない柔和なものであった。
――この男がアルビオンの区長。そして、バルカの総帥……。
エレナは仮面の笑顔の下から冷徹な眼差しで、自分の交渉相手の実力を測っていた。
――まだ若い……。
中肉中背、髪の色は黒。瞳の色もそれに同じ。父方はイタリア人。母方は台湾人――。
エレナの頭の中にはすでにアルビオン区長のデータが叩きこまれている。もちろん区長の年齢に関してもすでに把握済みである。
――年齢は確か三十四だったか……。
だが、エレナが見た感じでは、実際の区長はもう少し若く見えた。二十代の後半と言っても判らないだろう。事前に渡された資料には彼が独身であることを伝える一文も併せて掲載されていたが、どうも妻帯者と独り身では時間の流れかたが違うようである。
それはともかくとして、エレナはこれまでに四十前で特別地区の区長となった者を二人しか知らなかった。
一人は映画スターとして十代から名前を売っていたタレント政治家であり、もう一人は、在職中に交通事故で死んだ区長の同情票を得て選挙戦に当選した区長夫人である。二人共、花はあるが実のない御飾りの区長であった。
だがこのアルビオンの区長はそのような張り子の虎とは一線を画していた。
彼は実際に絶大なる権限を持ち、その力は連合の議員ですら迂闊に手が出せないほどなのである。権限だけでない。持っている資質も抜群である。
――いったいどうしてあんな若造がそこまで老練になり得るのか。
そのように連合の議員連がぼやくほどの政治手腕の持ち主でもあった。
「アルビオンの街はどうですか。御気に召しましたか?ここで区長をやっている私が言うのは変なのですが、私は、この無機的な街がいまいち好きになれませんでねぇ。どうも何もかもが整然としすぎているように思われるんです」
「……」
「人間という奴は矛盾でごちゃごちゃになった生き物だから、あんまりきれいな所はかえって住みにくい。適度に遊ぶところがないとね。私も週末はお隣のラス・カサス市で過ごすことにしてるんです。あそこは歓楽街もあるし、うまいレストランもありますから……。けれど、こいつはどう考えても区長としては失言の類ですかね」
エレナを迎えるアルビオンの区長はどうでも良い世間話をしていたい様子であった。だがエレナの方は、本題を先送りする気持ちはさらさらになかった。
「アルビオン特別地区の査察受け入れに取り敢えず一定の感謝を表します」
女査察官は強引に脱線しかかった話を引き戻した。もちろん仮面の笑顔は忘れない。
区長はやれやれといった顔をした。一生懸命仕掛けたエイプリルフールの嘘が一発でばれてしまった時の子供の表情であった。エレナはまくしたてるようにして続ける。
「……と、同時に、アルビオン区長には今後もより一層の協力を期待しています」
 若い区長は誰かの助けを求めるようにして居心地悪そうに左右に顔を振ったが、もちろん彼には援軍は無く、最後には小さく頷いてこう言った。
「出来る限りのことはしましょう」
青年はエレナの投げた穏やかだけれど刺々しい言葉のボールをやんわりと打ち返した。
区長は協力の約束をしたわけではなかった。極論をしてしまえば『瞬きをする』ことも『溜め息をつく』ことも出来る限りの内には入るだろう。
――つまりは、何もしないということ。
エレナは、コレオーネの発言の真意を政治的な思考のフィルターで濾過して相手の真意をそのように翻訳解釈した。
――妥協は引き出せるような立場にはないということか。
エレナは余所行きの笑顔の下で舌打ちをしていた。
表情だけで見れば、笑顔のエレナは、浮かない顔のコレオーネ区長よりも優位に立っているようであるが、実際の立場は微妙である。困った顔をしている区長は追いつめられるどころか大いに余裕を残しているのだ。エレナにもそれが判っている。それが証拠に区長の困惑はいつまでも続かなかった。
「そうだ。査察官のために、IDカードを作っておきました。これがあれば、アルビオンの施設のどこへでも好きな時に入ることができます」
青年はそういうと机の上にカードを一枚取り出した。カードの上には、すでにエレナの顔写真が張られていた。
「……どこへでも?」
「ま、建前ですね。あなたは女性ですから男子用のトイレは駄目です」
区長は愛想の良い笑顔をそこで一時だけ収めた。それから、
「ところで、監査官殿、こちらには滞在はどれぐらいになりますか?」
と、訊ねた。エレナは硬い表情でこう切り返した。
「……真実を掴むまで」
エレナの答えに区長は、ふんと肯いただけで嫌な顔はしなかった。
「真実ですか。見つかるといいですね」
区長は他人事のように言った。
実際、彼には他人事であったのだが、その態度があまりにもしれっとしているので、エレナは僅かに腹を立てた。そして彼女はこう付加えた。
「バルカの総帥の協力があれば、割合に簡単に真実に辿りつくことができると思われます」
エレナはバルカという部分を特に強調して言った。そして、エレナの発言に対するコレオーネの返答というものは次のような極めて淡泊なものであった。
「バルカには総帥という役職はありません」
「……」
 青年は続ける。
「バルカの最高意思決定機関は十人委員会。十人とは言いますが、特別顧問が二人に監査が一人つきますから、正確には委員は十三人。この中の最初の十人、つまり顧問と監査を除く十人から運営委員長と議長が一人ずつ選ばれます。あなたの言う総帥に当たる役職は、非常時に置かれる臨時執行委員のことでしょうが、これが現実に置かれたことは今までに一度もありません」
 エレナは僅かに言葉に詰まった。コレオーネ区長が、そこまで冗舌に彼が所属する秘密結社のことを語るとは予測していなかったからである。査察官は幻惑から立ち直ると続ける。
「……けれどあなたは、バルカの運営委員長でいらっしゃる。つまり、平常時である現時点でのバルカの最高権力者はあなただということです。これについては異論はありませんね」
「よくご存じなのですね」
作品名:バルカ機関報告書 作家名:黄支亮