緊急指令!エドワード・エルリックを守れ!
エドワード・エルリック保護条令。
それは新大総統に就任したロイ・マスタングが何よりも最優先にと発布しようと目論んだ法令だった。
「……何だよコレは」
大総統執務室に呼び出されたエドワードはその問題の法令の文言がきちんとタイプで打たれた用紙をビリビリとちぎりまくった。
「大丈夫よエドワード君。公表寸前で止めたから」
ホークアイの声音は地を這うがごとくに低空飛行だ。すでにその手には愛用の銃が構えられ、一分の隙もない。そのホークアイの銃口に狙われていると言うのにロイはそんなもの見えてはいないかのように涼しげな顔だ。
「しかしだね、最近のエドワードはこうでもしないと危険極まりないほどにだねえ……」
ロイのその発言もある意味もっともなのだ。乱暴な豆との印象が深かったエドワードはその長年の目的を果たし、晴れて自由の身になってからと云うものまるでサナギが蝶になるかのように麗しく成長してしまったのだ。誰の所為かなどは今更確認する迄もないが、余計な色香までをも標準装備だ。将軍達や財界の実力者などからはどうだウチの娘か孫の婿にならないかとあの手この手で見合い写真を突き付けられる。ソレを断れば断ったでそれではウチの養子にならんかねなどと提案され、それを振り切るようにして自宅に帰れば厚顔無恥にも不法侵入した妙齢の女性が下着姿でエドワードの寝室にて待ち構えたりもしているので自宅といえども気が抜けない。また未婚且つ適齢期の男性陣からは結婚前提で付き合ってくれと言い寄られそのたびにオレは男だボケっとすがり着いてくる輩を蹴り倒しちぎっては投げの大騒ぎ。さらに大きくなったらボクと結婚してねとキラキラしい瞳で見つめてくる愛らしいお子さまは蹴るわけにもいかないからごめんごめんなと泣きわめくのを抑えつけて。その子供が泣き疲れて眠ったところを逃げるように母親もしくは父親に返還したところで、その当の父母からもピンク色の視線を送られると言うもう目も当てられないありさまだ。
「確かに困りますよねえ……」
ふううううううっとため息をついたのは軍服姿のアルフォンスだ。身体を取り戻した後はすくすくと成長し、そろそろロイの身長も抜かすかなと言ったところである。身長はともかく。穏やかな落ち着きのある青年将校に一見見える。まあ、実際の階級は少尉なのではあるが。それはともかくアルフォンスもアイドルの如くきゃあきゃあと黄色い声援を掛けられはする。が、エドワードのように熱狂的に付きまとわれることはない。やんわりと断りを入れているためかそれともアルフォンス様ファンクラブがよほど組織立って機能的に活動しているのか、まあそれは余談だが。ともかくエドワードのモテッぷりと言ったら尋常ではなかった。
ロイが、保護条例など公布しようと本気で目論むほどに。
「対策は必要でしょう。さもないと軍務に差し支えます。ですが、新大総統ロイ・マスタングの名で交付する最初の条例がコレでは国の内外に示しがつきません」
冷ややかな視線できっぱりと言い切ったのは現在中佐に昇格したホークアイで。
そーですよねー、とアルフォンスはホークアイに同意した。
「そんな国あげての対策なんかは必要ないでしょう?国の体制を整えなければいけないこの時期に、そーんな兄さん個人の保護条例なんか制定する時間も人材も経費もないですよ。もっとサクッと簡単な手段とればいいじゃないですか」
しかつめ顔で重々しくロイは告げた。
「そんなものあればとっくに採択しているとも!」
ハボック達、ロイの腹心の部下達もうんうんとうなずいている。
「アルよ、そんなもんあったら大総統がとっくにやってだろう?」
頭脳派と呼ばれるロイの部下、ブレダが肩をすくめて告げてくればフュリーとファルマンもそうそうと同意を示す。唯一ホークアイの表情だけが動かない。冷やかなままである。
「馬鹿だ馬鹿だと心の中では思って言いましたけど、本当に馬鹿ですね。マスタング新大総統」
さりげなく、どころか思いきりあからさまに。アルフォンスはホークアイよりも冷やかな目つきになった。
「アルフォンス……君ね、」
容赦のない一言にさすがのロイも文句の一つでも言わないと示しがつかんな、とそれまで座っていた椅子から立ち上がろうとした。が、アルフォンスはそれを制して、
「そんな保護条例なんか作らなくても、貴方が兄さんとさっさと結婚すればいいだけの話でしょ?」
爆弾のような一言を投下した。
「おおっ!!」
数秒の後、感心した声をそろって出した。
「あ、アルフォンスっ!おまえ何言いだすんだよ……っ!!」
目を白黒させ、真っ赤になって怒鳴ったのはエドワードのみだ。
「だってそうでしょ?少なくとも兄さんが売約済みですってなればお見合いはなくなるし、小さい子に大きくなったら結婚してねとか可愛く言われてももうしちゃってるからごめんで済むし。少なくともこの国の大総統の妻、なら必然的に護衛もつくし。条例なんか作んなくても簡単じゃない」
「だ、だだだだだだだだだだだれがつ、つまっ!!オレは男だっ!!」
「いーじゃん。もうお付き合いして何年経ってんの。いい加減一緒に住んじゃいなよ」
「おおおおおおお男と男で結婚なんか出来るかボケっ!」
その男と男でプラトニックではないお付き合いを何年続けてるのかなーと、アルフォンスは白けた目線を自身の兄へと向けた。
「事実婚でいいでしょ?法改正なんて面倒だし手間も暇も経費かかるし制定するまでには会議だとかしないといけないし。戸籍どうこうって話じゃないし、兄さんに付き纏ってくる人たちの牽制で十分なんだから」
「ふむ。それもそうだな」
わたわたしているエドワードはすでに声も出せなかった。パクパクと金魚のように口を開け閉めしながら挙動不審な手の動きをし続けている。そのエドワードに代わって肯定の意を示したのは当事者の片割れ、ロイであった。
「それは失念していたな。確かにアルフォンスに馬鹿と言われても仕方がないかもしれん。いやなに、エドワードと結婚をするのなら法改正後と頭から思い込んでいたのでな。……ふむ、事実婚か、その手があったな。それならば準備も何も大したことは不要だろう。ホークアイ中佐、すぐに手配を」
ホークアイは無言のまま一つ小さくうなずくと電話の受話器を取り上げ、いくつかの指示をさっさと出していった。
「待てよロイっ!手配ってなんだよっ!!」
返答如何では思いきりぶん殴ってやろうかと顔を赤にしたままそれでもエドワードはロイの胸倉をつかみ上げかけた。が、そのエドワードの手はやんわりとロイの手によって遮られた。
「今の今までは君と私は恋人という関係だったがこの瞬間からは事実上の夫婦ということでいいね?新居はまあもちろん私の官邸になる。無駄に広いからアルフォンスとも当然同居だ。そのほうが君も安心だろう。マリッジ・リングは後ほど国中から選りすぐったものを贈らせてもらうから楽しみに待っていてくれ。そう、それから国の体制を整えるまではアルフォンスの提案通り事実婚ということになるが、いずれ必ず法改正をする。その時には結婚式を大々的に上げようではないか」
作品名:緊急指令!エドワード・エルリックを守れ! 作家名:ノリヲ