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ヒオウ・ヒナタ~~溺愛魔王と俺様~~

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抱懐



いつも強い志を宿しているようなヒナタの瞳が今は何も映していなかった。

大きな琥珀そのもののような瞳はまるで大きな穴のようであった。

城の裏にある、まるで海のように大きな湖。
そこに静かにあお向けに浮いていた。

辺りは暗くただ月明かりだけがそのシルエットを映し出す。

デッキには脱いでそのままの服とトンファーが無造作に放置されている。

とても静かな夜で、誰もが城に篭っていた。


そう、死を悼み。


どこかで鳥の鳴く声がかすかに聞こえる。
後は時折ヒナタのたてる水音のみだった。

ふと人影をデッキに感じた。
だがヒナタは仰向けのまま、つと片手を月にかざす。

・・・あの時も大きな月が見えていた。
ジョウイが誓うと言った時。
平和な地を、と・・・。

ヒナタは仰向けのまま水面の中へと沈んでいった。
月が水面に揺れてぼやける。

ああ・・・このままずっと沈んでいけたら・・・。

だがそのまま漂っていると自然に体は浮いていく。
これが、生きているという事かな。
いや、死体でもガスが溜まれば浮いてくるか。

ふふ、バカな事を・・・とヒナタはふいに沖に向かって泳ぎだす。

小柄なヒナタが上半身が出るくらいの深さまでくると立ち上がった。


デッキを見ればヒオウがふちに座ってこちらを見ていた。
暗くてあまり表情が見えない。
こちらからはデッキや城はとても真っ暗に見える。誰もいないからか明かりがついていないせいだろう。
それに城内もあまり明かりが灯されていない様子だった。

逆にデッキからはヒナタはよく、とまではいかないが見えた。
月明かりに反射してか、濡れたヒナタの髪や体は光ってみえた。

まるで小さな精霊のようだなとヒオウはふと思った。
月の下、湖に浮かび立ち尽くす彼は美しく、そして生気が感じられなかった。

ヒナタは暫く黙ってその場に立っていたが、ふいにデッキに向かってくる。
そしてデッキに座って足を湖側に投げ出しているヒオウの横の板場に腕をのせ、顎をのせる。

「・・・僕は泣くわけにはいかない・・・。身内が死んだのは僕だけじゃない・・・。現にキバだって・・・」
「・・・ん・・・そうだね・・・。」
「後悔ばかりして立ち止まる訳にはいかない・・・。前に進まないと・・・。」
「・・・ん・・・そうだね・・・。」

暫く2人ともそのままでいた。
それからふとヒオウがヒナタの頭にふれ、そっとなでる。

「でも、今は誰もいないよ・・・?僕はいるけど、直接戦争に関与していないし。僕は君と共に行くだけだから・・・。だから今だけは・・・僕の前だけは・・・正論なんていらないんじゃないかな。悲しいなら悲しいと思えばいい。辛いなら辛いと言えばいい。でないとこのまま進む前に君がつぶれちゃうよ・・・?」
「・・・・・。」

ヒオウは優しくヒナタの頭をとかすようになでて続ける。

「色々な思惑で泣けなくても、今のうちに搾り出しておいたほうがいい、後から壊れそうにならないように。・・・ヒナタ・・・?いいんだよ・・・?」
「・・・。・・・ナナミは・・・僕のただ一人のお姉ちゃんだった・・・。」
「・・・ん。」
「・・・血は繋がってなくとも大切な人だった・・・。」
「・・・ん。」
「・・・守りたかったんだ・・・ずっと・・・ずっとそばに・・・いる、と・・・」

ヒナタはヒオウの太ももに縋りつくようにして、うっ・・・と呻いた。
ヒオウはそのまま頭を撫で続けていた。

「・・・分かっていた・・・分かっていたんだ、戦争なんだ・・・いつか、は誰にだって・・・僕やナナミにだってあるんだって・・・。ずっと、ずっとそばになんて・・・っ、でもっ・・・っ。ああっナナミッ、ナナミーーーッ。」

小さな、だが強い叫び。

ヒオウはスッと服のまま湖に入った。
そうしてギュッとヒナタを抱きしめる。

う、ああっ・・・とヒナタの悲痛な叫びが篭る。
ヒナタもヒオウの背中の服を千切れんばかりに握り締め縋りつく。


そうしてそのまま時が過ぎた。

心労と、すでにかなりすり減ってきているヒナタの生命のせいでもある疲労からか、ヒオウに縋りつく力が弱まっていき、ヒナタはすとんと眠りに落ちた。
いや、ある意味気を失ったのかもしれないとヒオウは思った。

眠るヒナタをデッキにあげ、自分も登る。
ヒナタの黄色いスカーフで体をふいてやり、負担にならないよう、ヒナタの丈の長い上着だけを着せる。
残りの服や靴や武器全てまとめて持ち、その上ヒナタも横に抱きかかえ、ヒオウは城へ向かった。

城内はシンとしている。
エレベータも誰も使っていない様子で、ヒオウは箱に乗り込んだ。
ヒナタの部屋につくと、上着をとり、再度タオルで体を拭きなおしてやり、寝巻きをきせた。

ベッドの中でヒナタはとても小さく見えた。


・・・ごめんね、ヒナタ・・・。

ヒオウはベッドの傍らにより、すっとヒナタの額にかかった髪をとくようにのけた。