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 すがすがしい風が頬をなでて昼下がりの午後は心地よい眠りをさそう。
 それまで忙しく雑音が飛び交っていた司令室がある人物の登場によって一変した。
 「変わりないか。」
 そう声をかけたのは、午前中定例の視察を終えて帰還したこの東方司令部の司令官ロイ・マスタング大佐だった。
 一番身近にいたフュリー曹長が答える。
 「はっ、いつもどおりです。」
 「そうか、ご苦労。」
 短くともねぎらいの言葉に嬉しくなるまだ純粋な曹長だった。
 そして執務室へ向かう途中で数歩後ろを歩く部下に声をかける。
 「中尉、すまないが何か冷たい飲み物をあとで執務室へ持ってきてくれ。」
 「・・・・かしこまりました。」

 
 わざわざ、冷たいものと言って指定するのも珍しい。
 そして中尉は視察中の大佐を思い出した。




 「やぁ、変わりないかね?」
 そういって街の顔なじみに挨拶をして回る。
 アメストリスという国は軍事国家そのものの体制に市民の反感は強くそれでもここ東方の地ではこうして視察に回るセルリアンブルーの人物を疎ましく思う市民はあまりいなかった。
 「ないない、うちの旦那の腹回りぐらい変わりないよ。」
 「それはよかった。きっとミセスの手料理がおいしすぎてついつい食べてしまうんでしょうね。」
 そんなことを整った顔立ちでやさしく微笑まれつつ言い。
 また別の場所で。
 「そういえばここのところ、物取りとか頻発してるらしくて、仕事帰りに不安なんです。」
 「それはお困りでしょう、憲兵にこのあたりの見回り強化を進言しておきます。」
 心底心を砕いているそぶりは事務的には見えなかった。


 その一部始終を護衛のためについてきている部下は。
 「はっは〜〜ああやって言えばいいのか。メモメモ・・・っと。」 
 「貴方では違った意味に捉えられかねないから気をつけなさいね。」
 「ひどっ!さり気にヒドイっす。」
 「客観的事実を言ったまで。」
 目の前のパフォーマンスに食傷気味の二人。
 「なんであんな人がモテるんですかね〜?」
 ポケットの中からタバコを1本取り出して咥える。
 公務中のために火はつけられないが。
 それが解らないところが貴方のダメなところなんじゃないかしら、とホークアイ中尉は口にしないで置いた。
 彼女もたまに不思議に思うときがあるから。



 大通りを過ぎたあたりから徐々に大佐の足が速まる。
 それに気がついた部下二人は、さっきまでのおちゃらけたムードからは一変して緊張していた。
 くわえタバコの部下は大佐の後に続いて、中尉はそのまま通り過ぎてもう1本奥の角で曲がった。
 もしや誰かにつけられてでもいたのか。
 そんな気を揉んだのもつかの間。
 「アレ?」
 後を追っていた部下の一人ハボックは上官の姿を見失った。
 自分だって、ここの土地勘はあるしそうそう簡単に姿が消えるわけもないのだか。
 「あそこよ。」
 建物の屋上から中尉が指示する。
 こうなることを想定していたのかさすが鷹の目。
 「ああ、でも追わなくていいわ。」
 「へ?何で・・」
 「戻ってくる。」
 「はぁ?」
 なんなんだ、一体。
 ハボックがうなだれるのも無理はなかった。
 人騒がせな人なのはわかってるけれど。
 「さぁ、そろそろ戻るか。」
 戻ってきた本人は涼しい顔でそう言い放った。
 「何が、『さぁ、もどるか』ですか!!こっちの身にもなってくださいよ。」
 部下の泣き言をそ知らぬ顔で受け流して一通り視察を終えて司令部に帰還した。


 

 そして執務室前。
 トレイにグラスが2つ。麦茶と、パステル色の付いたもの。
 コンコン。
 きびきびと性格の出るノックの音。
 「ホークアイです。」
 「入れ。」
 こころもち控えめな返答に扉を開くのも慎重になる。
 入室した中尉は無言のまま、麦茶は大佐の前にもうひとつはソファーの前に置かれたテーブルの上に。
 「いつもながら気が利くね。」 
 「恐れ入ります。」
 それだけ言い、中尉は早々に退室した。



 その色の付いたグラスの前には豪奢な黄金を纏った黒猫が横たわっていた。
 そよそよと、少し湿った空気を運ぶ風が金糸で遊ぶ。
 なでる空気も心地よく眠る姿にどこかほっとさせられた。
 そこには見た目とは程遠いほどの豪快さと粗雑さ大胆さを兼ね備えている少年エドワード・エルリックがいた。
 視察中にエドの姿を目撃した大佐はエドが逃げるのを追って路地裏で一瞬の逢瀬を果たし、ここで待っているように仕向けたのだった。
 誰も姿を見ていないところを見ると窓からの侵入らしい。
 「何処までも可愛いことだ。」
 素直に私に言われたとおりに来るのが嫌で驚かせようとでもしたのか。
 いつも目の下にクマを作って文献を読み漁り、体を酷使する姿が浮かぶ。
 今ここで少しでも休息をとっているならば出来るだけ休ませてやりたい。
 ジッ・・・・
 電話の音が大きくなる前に受話器を取り、しばらく取次ぎをするなといい含めて、電話のコードを引き抜いた。
 さて、これで少しは静かになるかと目の前の書類を片付け始めた。
 すると。
 「誰が可愛いって?」
 寝起きの声とも思えないような低い声で眠っているはずの人物から声が掛けられる。
 「なんだね、狸寝入りか。」
 「今起きたんだよ。」
 中尉の気配で。
 大佐が帰ってきてるとは気が付かなかったと。
 心持ち、頬が赤いのは寝起きの所為か?
 「おいで?」 
 「やだ。」
 素気無く拒否されても堪える様子もない。
 「何故、久しぶりに逢ったのいうのに抱きしめさせてもくれないのかね?」
 本当にがっかりというか、だいの大人が拗ねたようなそぶりを見せる。
 そこにほだされちゃダメだとエドはそっぽを向いて。
 「別に俺に逢わなくったって相手しくれるやつはいくらでもいるじゃん。」
 「私は君に相手をして欲しい。」
 「どうだか。」
 さっき一部始終を見ていたエドワードは空々しい言葉を吐くなと言いたい。
 「おいで・・?」 
 「・・・・・。」
 再びにっこりと笑って。


 その余裕綽々なところが気に入らない!


 「アンタが来いよ。」
 エドが折れることを確信していて自分の方へ呼ぶその不遜さが嫌だ。
 どうあがいたって相手のほうが上手なのだから仕方がないのだろうけど。
 早々たやすく手の中に落ちてなんかやるものかとエドの態度はますます頑なになる。
 「お望みとあらば。」
 革張りの椅子の軸を回して、腰を浮かせる。
 そんなエドの心の機微などお見通しの大佐はそれはそれは嬉しそうに笑って近づいてくる。
 「わーーーー!今のなし、くんなっ!」
 ソファーの端まで後ずさりする。
 「どっちなんだね。」
 「どっちもやだ。」
 にべもない。


 なんで俺はこうなんだろう。
 エドは目の前にあるグラスを手に取り、渇いたのどを潤した。
 ・・・・すっぱい。
 いつもは酸味なんか感じさせないくらい甘ったるい飲み物が、今日はやけにすっぱく感じた。
 こんな感情いらないのに。
 いらないはずなのに。
 どうして求めてしまうんだろう。
作品名:side of dislike 作家名:藤重