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雨に濡れる

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 酔いに任せながらふらついているとお決まりのように雨が降ってきた。

 傘を持つのも億劫で、早じまいの店の軒先をところどころ掠めつつ家路をたどる。
 霧雨のような雨脚が一転して泥を跳ね返すような強さに代わり、コートの布地も重くなってきてはもうどうでもいいかと適当な壁に背を預け一息ついた。

 体の火照りをじんわりと治めてくれてるようだ。

 「軍人さん?どうしたの。うちで雨宿りでもしていかない?」
 むせ返るような香も雨に浄化されてるのかあまり気にならない。
 「・・・今日は生憎と優しくしてあげられないよ?それでも良いのかな。」
 いつもの優男顔も国軍大佐の顔もつくろえない。

 「まぁ、言うわね。安心しなさいよ生まれてから今日まで殿方に優しくされた覚えは無いわ。」
 「・・・なるほど。確かに優しい男は居ないな。」
 「とりあえず、体が冷えると録なこと考えないから・・・温まりましょ。」
 重くなった布地から伝わる生温かさに知らず眉根を寄せる。

 断るのも面倒で流されるのも良いかと思った折に。


 「おい、そこのだらしねぇおっさん。」
 一番聞きたくない、そして聞きたい声がした。
 「まだおっさんと言われる年齢じゃないんだが。子供は早く帰りなさい。」
 「なあに?坊や。道にでもまよったの。」

 夜道にも映える真っ赤なコートを身に纏った子供は傘で表情を隠してはいるが心底嫌そうな顔をしているに違いない。

 「迷子の濡れ鼠を探しに来たんだ。おばさん。」
 思いっきり語尾に力を込めて。
 「・・・口の利き方のなってないガキね!」
 捻りのない捨て台詞を吐いて石畳の道を次の宿木を見つけに羽根を広げていった。


 「どういたしまして。何しろ手本がコレだからな。」
 「これとは私のことかね。」
 「他にいねぇだろ。」
 いまだ表情は見えないが想像に難くない。
 「熱烈な誘い文句だな。」
 「言ってろ。帰るぞ・・・皆が心配してる。」
 差し出された小さなそして大きな絶望を抱えた右手。


 今はその温もりのない掌が心地よかった。





 「ものすっご〜〜く不本意だけど!俺が傘さしても仕方ねぇから。」
 と、言って渡された傘。
 確かに相合傘で身長の高くない方が差していても歩くには不便だ。
 しかし既に下着まで浸透しそうなくらい雨水を吸っている衣服を纏っている自分に果たして必要なものだろうか。
 「君が濡れてしまってはいけない。私はいいから・・・。」
 「あんたは良くても俺がいやなんだ!」


 癇癪を起こしている子供には勝てないな。
 仕方なく、子供の方が濡れないよう細心の注意をはらって傘をさして当て所なく歩き出す。
 ふと、何故己が雨に濡れているのがいやなのかと聞いてみたくなり隣に視線を移すと何かを堪えているように、うつむきながら白くなるまで唇をかみ締めて居るのが見えた。


 その心に渦巻いているのはどんな感情なんだろうね。
 聞いてみたいような。
 聞いてはいけないような。


 きまぐれに吹く風に遊ばれなびく真っ赤なコートの裾に明らかにけり足からはねた泥を見るにつけ心に重く枷が付く。
 きっと己の姿が行き成り見えなくなって必死に探してくれたのだろう。
 にぎやかな部下たちの歓声のなか悟られぬようにその場を後にした。


 ━━━━酒を酌み交わしたい相手は・・・もう居ない。


 ここは一つ大人な己から謝るべきなのだろう。
 「俺じゃダメ?」
 「す・・・」
 まなかったと、続くはずの言葉を飲み込んで。
 下のほうからともすれば聞き漏らしそうな声で聞こえた言葉を反芻してみる。
 「・・・そうだね、今日はいささか飲み過ぎたようだし、また今度ノンアルコールのある店ででも・・・。」
 「違うよ。わざとらしくそらすなよ。」
 今まで石畳に出来た、歪んだ鏡を見ていた子供は思いのほか落ち着いた声色で返す。
 合わさる視線に何を手繰る?


 「子供は嫌いだよ。」
 「・・・・・・そっか。」
 「ああ。」
 「じゃぁ、子供でなくなれば?」
 「そうだね、せめて一緒に酒の飲める年齢になったら。」
 「━━━解った。その言葉忘れんなよ?」


 彼とは既にひとつの約束を交わしていたのだけれど。
 その約束よりも複雑でより、難しい気がした。


 数年後にはきっとその眩しいまなざしは他へ向かっているハズだ。

 そしてその時には、また自分はこうして雨に濡れているのだろう。



 数日後。



 地熱に温められて吹き込む風が肌に触れ否応なしに不快指数が上がる季節。

 ほんの数分前には見事な積乱雲が立ち上っていた。
 夏特有の空の風景だがまだ発達途中だから大丈夫だと高を括っていればこの始末。
 見事に突如出現した雨雲のいたずらにさらされた。
 段々と雨脚が強くなるならまだかわいげもあるが、いきなりの集中豪雨。
 日光の恩恵にあやかっていた真っ白な洗濯物や農作物も満遍なく被害にあう。
 こういったとき錬金術師の知識を持っていてよかったと傲慢にも思う。
 しかしそれを無償で提供しようとは思わない。
 人命にかかわることならいざ知らず。
 人は楽を覚えると際限がないということを己が一番熟知しているのだから。
 

 先日と違ってまだ店の空いてる時間だ。
 手短な店に入ってやり過ごすのもよし、やみそうにもなければ覚悟して迎えを寄越してもらうのもよし。
 肩に背負った星の数にしたがって自由が利かなくなるのも困りものだ。
 美貌の副官はさぞやご立腹だろう。
 しかして午前中までに必要な書類はすべて処理してあるし急な事案も会議もなし。
 多少の寄り道は許されてしかるべきだろう。
 

 そう勝手に自己弁護していると目の端に映る極彩色。
 同じく立ち往生をしているようだった。
 ガラス張りの店内から何気なく様子を伺うとばっちりと目が合ってしまった。
 染み付いた習性のおかげで別段目立つ場所にいたわけではないはずなのだけど。


 いつもなら思いっきりの嫌そうな表情を作るはずなのに。
 こちらをめがけて一直線に駆けてくる。
 来店を告げるベルが鳴ると左右で違う足音が近づいて来た。
 「ちょうどいいところで会ったなぁ!大佐。」
 「・・・・そうかね?」
 思わず眉をひそめたくなるほどの満面の笑顔。
 目の前の席に断りもなく座って。
 「どうせそのうち迎え来んだろ?乗せてってくんない?」
 半ば水分を含みすぎて重そうなコートをちらつかせ。
 「・・・・それが目的か。」
 どうりで芝居がかった笑顔だと思った。


 あの一件以来こうして何のわだかまりもなく話せる間柄ではなくなっていたのだがな。
 自分自身としては普段通りにすることなど朝飯前といったところだが。
 さすがに世間ずれしていない少年には難しいだろう。
 こういった公共性のある場所なら自然に演技できるというわけか。
 子供の機微を察して。
 あえて弟の所在も口にしなかった。
 「それならばもうすぐ来るだろうからしばらく一緒にお茶でもどうだ?」
 いつもの軽口に乗せて。
 「・・・俺がおごるよ。」
 少年は言外に等価交換を含め。
作品名:雨に濡れる 作家名:藤重