雨に濡れる
必要ないとばかりにおもむろに発火布を取り出していぶかしむ少年の目の前で指を鳴らす。
パキリ、と響く音とともに少年の周りに水蒸気がもわんと立ち上る。
「うわっ、あっち!」
少々温度が高すぎたか。
「いきなり何すんだ!てめぇ。」
「濡れ鼠の子供を乗せたらシートが濡れるだろう?」
胡散臭いと定評のある笑顔を乗せて。
口実を削いでしまえば見る見るうちに意気消沈する。
風船が空気を吐き出して萎んでいくさまに似ている。
そんな姿を見て高揚する自分が疎ましい。
「迎えは来ないよ。」
おもむろに事実を告げれば目を見張り苦笑いをする。
「なんでぇ、使えねぇ奴。」
せめてもの憎まれ口。
ただでさえ敬遠されがちなウィンザーブルーにチェリーレッドの組み合わせは目立つことこの上ない。
己の立場も鑑みてこれ以上この場にとどまるのは適切じゃなさそうだ。
「もう少し濡れ鼠を続けるつもりがあるのなら、このワンブロック先に自宅があるんだがね。この前の礼も兼ねて招待しようか。」
「え、な・・・そ。」
突然の申し出に戸惑うのも無理はないな。
答えを聞くまでもなく、支払いを済ますついでに店主に傘を借りて歩き出す。
ぱしゃん、と数歩送れて聞こえる足音に口元をゆがめ追いついた子鼠を極力ぬらさないように傘を傾けた。
ほんのりと色づく頬に数年後とやらが急に待ち遠しくなった。