ivy
夜が更けるにつれ、雨は強くなるばかりだった。
絵画のように窓は雨の真夜中を刳り貫く。
やがて室内に降り込んでくるような雨音になって、衣擦れの音は小さくなった。
肌寒いくらいに冷え込む空気は、昼の陽気なんて忘れたように、濃い雨の匂いに包まれる。
そのまま直に触れた肌が驚くほど冷たくて、一瞬ユーリは手を躊躇った。
「すまない」
途端、フレンが謝って、笑う。
肌蹴た肩口のシャツを片手に押さえながら、普段手袋に包まれている手でユーリの髪に触れる。
笑うくせして物悲しいような表情。
「何でおまえが謝んだよ」
ユーリは瞬間的に不機嫌になって、そして失敗したのも自分だと気がついた。
泣いた子供をあやすように頭を撫でるフレンの手は何かの免罪符なんかではない。
「そんなに驚かれると、さすがにね」
「なぁにが、だいぶ楽になっただよ…、どうすりゃこんな」
「だから冗談にしておこうって言ったんだ」
物心つく頃から知っていても、ぞっとするほど冷たいこの体温をユーリは知らなかった。
悪い風邪を引きずって数日寝込んだときだってこんな風にはならなかった。
「おまえ…、」
疲れ切って、熱すら起こせない薄っぺらな体と、暖のない部屋。
軽はずみさを呪うなら今のうちだった。
ユーリ、とフレンが遮るように名を呼ぶ。
「腫れ物に触るみたいに扱うんだったら、ここで止めてくれないか?」
人を拒絶するのに躊躇いのない言葉の鋭さは健在ときている。
見上げてくる空色の目は底なしに深くて透い。
ユーリは鋭利なものを喉元に突きつけられた気分で、そりゃそうだと、妙に納得した。
引け腰じゃ弱った鳥だって捕まえきれない。
思い遣りと置き換えのきくような無意識の同情や憐憫は、お互いを傷つけるだけだ。
仮に、それが本当に、心配からきているのだとしても。
「ただ抱きしめて寝てくれると嬉しいな、とか言えりゃそうしてやれるのに」
そう鼻で笑ったら、付き合いきれない、と呆れて吐き返された。
髪を撫でたフレンの手首を掴まえてユーリはその腕に口付ける。
手の上なら友情の。
閉じた瞼の上なら憧憬の。
頬の上なら厚情の。
さてそのほかはみな、狂気の沙汰。