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雪深い日

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雪深い日だった。


「結構歩いたよな。」
吐く息は白く、末端はしびれるように冷たく、俺は凍える体を労わるような声を出し,足元の青黒く長い影を踏む。
漆黒の世闇の中で影の主、白樺の木々は細い針のように天井の曇天を刺し、枯れた楓の枝を揺らす低くうなるような凍えた突風は雪の上を直走っている。俺は寒さに凍えながら首筋のマフラーをかき寄せて、一面の白い世界に飲み込まれてしまうんじゃないかって思うくらいの小さな男の背を追う。俺とそいつの間には三メートルほどの間が開いて、よそよそしい隙間にはただ風だけが走りぬけていた。
「どこまで行くんだよ。」
ずいぶん前から居座る沈黙に耐え切れなくなった俺は、三メートル先のやつに叫ぶように尋ねた。けれども奴は振り返りもせず、まだ、ずっと先としか答えない。俺はまたやってきた沈黙にため息を吐いて、マフラーにあごをうずめる。ここは凍えるように寒いからだ。

***

ことの始まりは今から三時間ほど前のこと。
いつも通りの変化のない仕事の帰り道、街頭の明かりだけがぽつぽつとアスファルトを照らす道の端で、俺は見覚えのある顔を見つけた。
錆びたトタンに背を預け、軋むベンチとともに夜光虫の飛び交う街頭の下で、黒いハイネックに身を包む男はどこかほうけたような顔をして空を見上げていた。昔よりも少しだけ伸びた渇いたような色をした金髪が風に揺れている。ナルトか、と言葉を確かめるように小さくつぶやいた声が無人のバスターミナルに割と大きな音で響いて、ほうけた顔した男はゆっくりと視線を下ろして俺を見た。
「よぉ、」
どこか疲れたようにナルトは笑い右手を上げる。しぐさだけは昔と少しも変わっていなかった。

ナルトと顔を合わせるのは十年ぶり、つまり中学のとき俺が転校してからいちどもあっていないことになる。
時々開かれる同窓会にもこいつは一度も顔を出さなかったから、卒業してからの足取りは不明、まあどこかで元気に暮らしてんだろうと、勝手な予想を立てて安心していた(俺はこいつがたとえアラブで石油掘り当てただの、アマゾンの奥地で原住民と暮らしていただの、そんなとっぴなことを言っても信じるだろう)。昔から意外性と勢いだけでできているような男だったのだ、ナルトは。

「何でこんなとこにいるんだ、つかお前、今どこに住んでんだよ。」
俺が早口で尋ねてもナルトは肩をすくめるだけで返事をしなかった。視線すら合わせないままぼんやりと宙を見つめて、そしてその表情はどこか薄ら寒さをかもし出していて、こちらを覚束ないような気持ちにさせる。まるで幽霊のような。冷たい影がアスファルトに落ちている。
俺がもう一言二言質問しようとしたところで、ようやくナルトは俺を見た。口を開く。
「行かなきゃなんねぇとこがあって、」
「どこだよ。」
「北のほう。ここからはそんなに遠くないとこなんだけどよ、」
「なんで」
「行かなきゃなんねーからだよ。今。だけどバス出てねぇし。」
どうしようか、とナルトは眉尻を下げて笑い、俺を見た。
静かに冷えた風が吹き、さっきまでやんでいたはずの雪が降りはじめ、方に落ちたそれを追うように空を見上げてナルトはついてねぇなあと一人呟く。
赤らんだナルトの鼻を視界に捕らえて寒そうだなと俺は思う。手袋もせずにむき出しのままの両手があまりにも白くなってしまっているのを見つけて、こいつはどれだけここにいたんだろうと、そんなとりとめないことを考えた。
はは、とナルトは乾いた空気によく似た笑いを漏らす。頬に落ちた雪が冷たい。
「じゃあな、シカマル」
伸びた手が俺の肩をたたき、そのままふと俺のそばを通り過ぎようとする。それがあまりにも当たり前で、ずっと昔からの見慣れたままの仕草だったりするから、俺は言葉を失った。
こいつはずっとここにいたのだろうかと頭の中に疑問が浮かぶ。街灯の下で、こんな夜中に。骨ばった白い手が俺の肩を離れるときに俺は思わずその手をつかんでいた。
驚いたように半開きになったナルトの口が動くのよりも先に、俺が連れてってやるわと、口が勝手に動いていた。

***

「ここだ、」
ナルトが足を止めたのは、広い雪原の真ん中あたりだった。これといった目印があるわけでもなく、ただ降りしきる雪があるばかり、ひどく強い風に押されながら俺はナルトの隣まで歩き、足を止める。
「なんもねーな。」
「あるよ」
ここに、とナルトは感情の読み取れない声で足元を指差した。
何がと俺は尋ねられなかった。低い声で唸る風だけが雪原を駆けている。
ナルトはゆっくりとため息をついて俺を窺うように見る。突き抜けるような色をしたセルリアンブルーの瞳が何かを考えるときのように細くなって、動物のようにキョロリとうごく。
「……飼ってるネコが死んだんだ。で、ここに埋めた。」
「墓参りか。」
「そんなたいしたもんじゃねぇよ。墓標も何もねぇし。」
俺はふうんとだけ返し、その場にかがみこんだ。俺の背をナルトが眺めている視線を感じる。
「綺麗なネコだったよ。捨て猫だったけど、毛は綺麗なブルーグレイでエメラルドグリーンの目をして、」
「あぁ」
「俺にさ、すげー懐いてたんだ。」
ナルトは俺の横に屈みこんで足元を見つめる。一瞬だけ憧憬の眼差しが現れ、そしてすぐに消えた。
俺は言葉を捜すようにひどく冷たい雪を撫でる。雪にまみれ、目を閉じているネコを想像する、この下で眠っているだろうナルトの愛猫はもっと冷たいのだろう。
「餌をせがんで、すぐどこかに行って、夜になるとまた来て朝までリビングで寝てたんだ。ネコってさ、死ぬときは人知れず死ぬって聞いたんだけど、こいつは違った。いつも道理の朝に、窓の向こう側のベランダの隅で丸くうずくまって死んでたんだ。気持ち悪いくらいに、あっけなくて。」
涙もでやしねぇ。とナルトは笑いながらつぶやいて視線を空へと向ける。
やつれたように細い顔が苦笑を貼り付けて空を向いていた。俺は漂う違和感に目を伏せながら小さく息を吸った。
「懐いてたからじゃねーの。」
俺が言うとナルトは怪訝そうな顔で俺を見た。
「懐いてたから、少しでも長くそこにいたかったんだろ。」
「……そうかな。」
「そう思っとけよ。」
「そうだな。」
ナルトは小さく声を立てて笑い、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
俺が釣られて見上げると、ナルトは冗談でも言い出しそうな顔で俺を見下ろしていた。
「それって人間も一緒なわけ」
「どういう意味だ?」
「たとえばもうすぐ死にそうな男がいて、そいつが死ぬ前にもう一度だけとある誰かと会いたいと思ったとして、その男にとってそのとある誰かって言うのはすごく大事な奴だったりするのか、ってこと。」
「…死ぬ前に会いたいって思うこと事態、そういうことなんだと俺は思うぜ。」
「へえ。」
「ま、あくまで俺の考え方だけど。」
そこで言葉を切って俺は立ち上がる。いつの間にか雪がやんで風が穏やかになっていた。けれど長くは続かないだろうと俺は知っている。
見えない雲の動きを感じるみたいにして暗い夜空を見上て、白い息を吐く。横からため息が聞こえて俺はそちらを向いた。
作品名:雪深い日 作家名:poco