雪深い日
ナルトは二歩ほど俺から離れたところにたっていて、はにかむように笑っていた。たった二歩の距離がいように遠くに感じた。
「実はさ、待ってたんだよ。もう、ずいぶん長い間。」
ナルトはどこかここじゃない遠くを見ながら俺に告げる。誰かとは尋ねなかった。ここじゃないどこかを見つめる両目はすでに俺を見ていなかったからだ。何かを確かめるようにそれらを見渡してから、ナルトはまた再開したときのようにぼんやりとした様子で足元を見下ろした。
「理由だけが未だにわかんねぇんだ。」
一人ごちているナルトの表情は見えない。それでも苦笑してるんだろうということは雰囲気でわかった。
「そんなの、今に始まったことかよ。昔はお前、頭より体が先に動くような奴だったじゃねぇか。」
俺が努めて明るい声で言うと、そうだったなあ、とナルトは笑う。
今ではもう違うのかと聞きたくなったが俺はあえて聞かなかった。まぶしい記憶の中で眠るあの日々をこんなことで壊してしまいたくなかったからだ。
また降りてきた沈黙にナルトは朗らかに笑い、でも、と笑いをとめる。表情をそぎ落とした顔が俺を見て、こんな夜中でも光るように明るいセルリアンブルーの中に歪んだ俺が寒そうに立ちすくんでいる。
「でも、俺は知っててほしかっただけだよ、たぶん」
「何を」
俺が尋ねれば、ナルトはそれこそ鮮やかに笑った。俺が言葉を失うほど。
「俺のさいご」
ナルトの笑い方はいっそ昔のままで、時間の経過さえ忘れてしまいそうなそんな笑い方だった。その顔が異様に鮮明で、俺はまたもや絶句する。どこか余所余所しさを残したそれが、白いだけの雪原に妙にマッチして見えるから恐ろしい。
ナルトの笑みに末恐ろしさを感じたのは初めてだった。だから、忘れられないのかもしれない。
そいつがもうずいぶん前から行方不明になっていたと聞いたのはそれから二ヶ月の後だった。
白いだけの雪原の中、墓標すらない墓の前で交わした会話は少なくて、普通から考えたらもっとすべき話があったのではと思わずにはいられないような場面だったんだろうが、何度あの時のあの雪原に行ったとしてもきっと俺にはできないんだろう。
ナルトは何かを隠していて、結局最後までその片鱗を表には出さなかった。それを知りたいとは思わない。それでも最後の言葉だけは忘れられなかった。毎年雪の季節になると頭の中をよぎって離れなくなる。
結露した窓の向こうにはパラパラと粉雪をこぼす灰色の空があった。
静かすぎる冬の夜、俺は本を閉じてから眼を閉じる。彼の傍らにもまた、ここと同じように雪は降るのだろうかと、そんなとりとめもないことを考えた。