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月の光に似た君へ

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***



東洋系のテーブルの上で用意されたお茶は、やはり東洋のものだった。
しかも日本製の。煎茶って……。
ほかほかと湯気を立てる温かさは、たしかにこの季節には有難いけれど。どうも謎の多すぎる場所になかなか馴染めない。

目の前で(これまた日本製の)羊羹をおいしそうに頬張る老婆をちらりと見る。目の端で憎き銀色の毛並みを毛繕いする猫を見る。
ああ、オレはどうしてこんなところで暢気に茶などしばいているのですか。

「この子はね、」

放心していた俺の意識を引き戻すかのように、老婆は訥々と話し始めた。

「プラチナは時々お客さんを連れてきてくれるの。しかも決まってこんな明るい満月の夜にだけ。
この子は賢くてとても綺麗でしょう。男の子なのにね。
惹かれてあの路地裏を通って入ってくる人ばかりで-----あなたもそうなんでしょう?」

ふふ、と穏やかな笑みで言い切った老婆の言葉に、ディーノは飲んでいたお茶を一気に飲み下した。
(余談だが、開ききっていない喉に大量の水分を押し込むと結構痛い。)
けほ、と軽い咳を零しながら喉の鈍痛を耐えた後、ディーノは『プラチナ』に視線を向けて思い切り睨んだ。

「…違います」

惹かれたのではない。断じて。ただの暇つぶし。気まぐれなんですよお婆さん。
矢継ぎ早にそう告げて、ずず、と煎茶をまた啜る。
あらあら、と首を傾げる仕草は老婆にしては幼いものだが、朗らかな雰囲気にはよく合っている。
棘っていた気分を、煎茶の温かさと共に解されて、ディーノもようやく微笑んだ。

「あら、そっちの方が断然いいわ。あなたモテるでしょう」

お茶目な仕草でウィンクしながらそう言われ、今度は苦笑してしまう。

「さあ。こういう男ほどロクな恋はしないものです。…現にホラ、左頬にダメ男のレッテルが貼ってあるでしょう」

「そうなの?変ねえ」

付け合せに添えられた干菓子(これまた妙に本格的な)をひとつ摘みながら、老婆はううんと唸った。

「…変?」

「ええ。この子の連れてくるお客はね、みんなこう言うのよ。
『たったひとつの恋を叶えたい』って。」


素敵よね。今まで聞いたどの人も、一世一代の恋をしているのよ。
ここに来て私と話してから、みんな些細なことに気づくの。
「言葉にしないのがどれだけ無意味なことか」って。

それから続けられた言葉たちは風のように耳を右から左へと流れていった。
あまりの素っ頓狂な物言いに、ディーノは目を見開いたまま固まってしまっていた。

「あら?」

湯飲みを持ったままぴくりとも動かぬ彼の様子に、うっとりとかつての客人たちの思い出話を語っていた老婆が首を傾げる。
どうしたのかしらねえ、とプラチナに問いかければ、彼はテーブルの上を優雅に横切りながら、尻尾でぴしりと器を支えていた手を叩いた。

「ぅあっちい!!!」
「だ、大丈夫?」

熱湯よろしく、まだまだ中身の残っていたそれを拍子にぶちまけてしまって、ディーノは毎度のことながら見事にすっころんだ。
プラチナは横顔でちらりと様子を見てきたものの、知らんぷりであさっての方向を向いてしまった。

この猫ヤロウ…と恨みがましい視線を向けつつ、老婆が用意してくれた冷水で手を冷やす。

「気まぐれな子なの。女性には優しいのよ。やっぱりイタリアの猫だからかしら」

ついでに頬もガーゼで隠してもらって(これでアジトにも帰れる)ありがとう、と敬愛のキスを掌に贈った。
どういたしまして、の意味合いで頬に返されたキスにまた笑う。
無邪気で、話していると安心する。久しくディーノが触れたことのない穏やかさだった。

と、そこで右目にチカッと眩しい光が入ってくる。
東側の空が明るくなってきて、満月も徐々に霞んでいく。


「ああ、もう朝ね。一日が終わるわ」

「…始まるんじゃなくて?」

「私たちの生活は夜が基準なのよ」

ふふ、と笑ってからプラチナを抱き上げて、老婆は片づけを始めた。

「またいらっしゃい。次は道案内がなくてもきっと会えるわ」
「…? ええ、是非」

不可解を感じつつ、またこの人に会えたら----この場所に来れるといい。と素直に思う。(プラチナは正直好きになれないが)
けれど。屋内に帰っていく老婆の背中に向かって、独り言のようにディーノは呟いた。


「オレは、そんな風に思える恋には出会えない」


遠い憧憬、呼べない名前。
愚かな枷は自らに課したもの。
外れれば、多くのものを失うだろう。

------------------…きっとその名は 禁忌だから。


作品名:月の光に似た君へ 作家名:しぐま