囚われの王冠
武成王は彼のところへは狐やその息がかかったものはこさせていないといっていたが、一人の男を匿う為に此処を使ったと話した。彼は狐を倒すため、霊獣と共に単身城に乗り込み、そして罠に嵌められたところを救われたらしい。
彼にその男と会ったどうか、尋ねた。
彼は目はあったあるよ、と無表情で言った。
それから特にその男については何も話さなかった。
そして、武成王が都からいなくなった。
彼に直接聞くことはしなかったが、女中は親友が都を去る直前此処を訪れ暫く何かを話していたようだったと語り、暇をもらえないでしょうかと疲れた声でいった。
彼に会いに行くと、彼は前より一層疲労の色を濃くしながらも、空をぼんやりと眺め、何かを歌っていた。
惜別の詩であった。
そして今、彼は熱に浮かされたように自分の名前を呼んでいる。
「聞仲、民が・・・・」
「王耀」
汗ばんだ彼の手を握って、いった。
「必ずよくなる。暫くすれば、・・・崑崙や狐を排除すれば、そうすれば必ず」
フ、と部屋の温度が幾分下がり暗さが増した気がした。
「お前もいくあるか」
握っている彼の手がふるえていた。
「やっぱり、やっぱりお前もいくあるか」
「心配ない。私の部下に信頼できる者がいる。あれなら」
「聞仲」
ぽろり、と潤んでいた彼の目から涙が零れおちた。
「帰ってきたらいの一番にお前に会いに行く。それから、国を立て直す。紂王は賢いお方だ。あの女狐さえいなくなれば」
「聞仲」
「・・・もしかしたら、そうすれば飛虎も帰ってくるやもしれない。あいつと二人で殷を、お前を」
彼は泣きながら首を横に振り、服の裾を掴んだ。
「ひとまずこの国を立て直したら、"道標"だ。前話しただろう?あれを倒せば殷の未来も安泰だ。それで」
いやいやというように彼は尚も首を横に振り続け、ぽろりぽろり、数珠のように彼の目から涙が零れる。
しばらく彼の頭をおそるおそる撫でていたが、やがて彼の上半身を起き上がらせて、ゆっくりと抱きしめた。そして、背中をゆっくりとさする。
昔、何代もの天子にしてきたのごとく。
ほんの少し間で子供らの声や大笑いする男の声、女中らの声で華やいでいた軟禁場所は今はただただ静かで。
胸に抱いた我が子のような"国"のぐずる声と生きている証が良く聞こえた。
とくり、とくり、と。
[囚われの王冠]