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そばにいて

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軽くなら、むしろそれは悪くはない。
 それに酔うことだってできる。
 けれど今の日本に襲い掛かっているのは軽いものではない。



 居間で電話が鳴っている。
 コール音は耳障りでないように改良されているけれど、やはり耳障りだ。特に、風邪なんかひいているときは。頭の回転が鈍くなっていて、節々が熱を持っていて、思考がはっきりしない日は、たとえオルゴールや琴の音だって耳障りな音になるのだから、電話機のコール音はたいそう賑やかな音だ。元気ならば聞こえないフリもできるが、そんな元気もない今、無視をすることにも体力を必要とする。しかたがなく、重い身体を引きずって電話の元へ移動することにするが、意図せずとも緩慢な動作になることに、体調の悪さを窺い知れて、自分に呆れる。どうして、こんなことになってしまったのか。
 諦めてくれと願ったが、思いは届かず、あるいは電話の主がしつこいのか、電話機の元にたどり着いてしまうまでコールは止まなかった。

「もしもし」
『日本かい? 遅いんだぞ! 待ちくたびれたよ!』
「そうですか」

 意志を持って、すみませんでしたとは付け加えなかった。

『今からそっち行っていいかい? ゲームがやりたいんだぞ!』
「あなたには友人が多いでしょうに。なぜ私なんです」
『日本とやりたいホラーなんだぞ』

 元気なアメリカの声が恨めしい。ついでに、喉の風邪ではないから、声はいつもと変わらず出てしまう自分の声も恨めしかった。いっそ話せないくらい酷く喉をやられてしまえばよかったのに。
 声が響く。頭が痛い。あぁ疲れる。開放してほしい。休ませてほしい。
 適当な返事を、さらになるたけ手短に返して、電話を終えた。

『日本ー。あのねぇ、いいワインが入ってねー、送ろうと思うんだ。どっちが好みか答えてくれる?』

 よほど上質なワインが手に入ったのだろう。嬉しさのあまりか、挨拶もそこそこに本題に入る人に、日本は気づかれないようにやさぐれた。
 節々が痛い。声もはっきり聞こえなくて、耳を抜けて流れてしまいそうになる言葉をつかまえて、呼び戻して、それから理解して、返事をせねばならない。酷く億劫だ。会話はこんなにも労力の要るものだったのか。フランスの繰り出す質問に、元気な頃の自分の好みはどうだったか、回転の遅くなった頭の中から、懸命に記憶を引っ張り出して答えていく。
 あぁもう。ひどく疲れる。

『最近顔出さないあるね。今すぐ来るよろし』

 この人もですか。
 ため息と共に受話器を置いてしまいそうになって、慌てて握りなおした。
 握りなおしたのだけれど、急を要さない会話に息が切れる。そして、無性に悲しくなってくる。どうしてだろう。

「中国さんが来てくださるので満足していました。近いうちに計画を立てますね」

 用件に用件だけ返して通話を終えた。切りかけた時になにか言った気がするが、聞こえないフリをした。切ってしまえばあとは知らない。朦朧とした自分をまっすぐ立たせる、それで精一杯なのだ。他のことを気にかける余裕は残っていない。

『日本君、今日は一段と妹が元気なんだけどどうしたらいいかなぁ』
「いいことじゃないですか。病人になったらそれこそ心配で夜も眠れないでしょう」

 電話を受け取りながら、日本は目を瞑っていた。何かを視界に入れることすら億劫なほど参っている。はいはいと返事をして電話を切った。

 もう無理だ。
 それを口に出せないのは自分のプライドのせいだけれど、それでも誰にも気遣われないことが酷く堪える。自分の目指してきたところでもあるから、成功しているはずで、喜びでこそあるはずの現状は、どうだろうか。辛い身体と弱った思考は、わけなく泣き出しそうになるほどで、苛立ちはじめる気持ちに、子どものように泣いて誰かに縋りたいと思った。


――なんて気楽な人たち

――人の気も知らないで

――嗚呼、イライラする

――頭が痛い

――身体が熱い、重い、痛い、かなしい、さみしい


 ささくれ立ってしまった気持ちと高まる感情を、日本はどうすることもできずに持て余した。それらの理由がわからないことも、さらに日本を追い立てていく。
 電話線を抜いてしまおうか。さすれば外の世界を遮断できる。眠ろうか。眠ってしまおう。何も聞こえないくらい深く。かなしいのはどうして。さみしいのはどうして。喉にせりあがる熱い塊を、やりすごそうと必死になるけれど、どうも上手くいかなくて。どうすれば。どうしたらいいのか――



 電話が鳴った。
 今度こそ出るまい。
 と思うのに。
 伸びる手は、意思とは関係なく義務で動く。持ち上がってしまった受話器は、耳に当てるしかなかった。

『あぁ日本、俺だ。このあいだ日本が使いやすいって言ったインクあっただろ? どこのだっけ?』

――こえ、声、イギリスさんの声

 張り詰めた糸が切れてしまうのを感じた。

――……っ

 受話器が声を拾わないように、受話口を耳に当てたまま、送話口だけをずらす。

『もしもし日本? 日本?』
『……にほん?』

 涙を堪えるのに必死で返答はままならない。そうして作られた空白のなか、それを縫うようにイギリスが話し出した。

 今朝庭に出たら、また新しい枝が出てた。あの木、どこまで成長するんだろうな。長い付き合いになると嬉しいな。そうだ、このあいだ紅茶をブレンドしてみたんだ。上手くいってさ、美味しかったから、今度飲ませてやるな。近いうちに来いよ。それに合うようにお菓子も試作中なんだ。日本が来るまでに完成させるから、楽しみにしとけよ。

 いつもよりゆっくり。絵本でも読み聞かせるかのように話すイギリスの声は、日本の感情の高まりをとんとんと沈めていった。イギリスの声を聞きながら、“寂しかった”わけに気がつく。不安だったのだ。一人は慣れているとはいえ、弱っているときに一人でいることのそれにまで、慣れることは難しい。そうだ、そうだった。忘れていた。人の温もりが欲しかったのだ、私は。
 闇雲に渦巻いていた、悲しみが解けていく。喉にまでせりあがり、ついに溢た熱い塊も下がっていく。深呼吸をして気持ちを落ち着けた。それから頬に伝う涙を拭った。手のひらを、額に当ててみる。熱いのは額なのか手のひらなのか、分からない。彼の手は冷たいだろうか。それならさぞ気持ちがいいだろうな。そうだ氷枕をつくろう。
 一度は煮えた思考が戻ってくる。わけのわからなかった不安が晴れていく。

「イギリスさん、私の前に、ぜひフランスさんの意見を仰いでくださいね。きっと、もっと美味しく出来上がりますよ」
『なんで髭の野郎に食わせなきゃならないんだよ。日本に一番に食べてもらいたい』
「嬉しいですが、私も命は惜しいので」
『…………まぁ……いいよ。日本が元気になったなら』

 なんのことだろうか。上手く、私は世を渡ったはず。だから、一体

「……なんのこと、」
『無理はするな』
「えっと、あの」
『ちゃんと自分の思ってることを言え。俺、と他のやつらも、だいたい日本のことは分かってきてる。けどな、お前自身が言わなきゃ分からないこともあるんだぞ』
「……私は、元気ですよ」
『そんな自信なさそうな声で言うなよ』
作品名:そばにいて 作家名:ゆなこ