あの人を待ちながら
帝人君、お願いだから。時間がないのが分かっていたから、本当に苦しそうな声になってしまったと思う。最後の景色を選びたかった。心の底から望んでいた景色がそこにあるのに、扉が邪魔をする。
俺を見てよ、最後に見る景色は君がいいんだよ・・・。最後の言葉はほとんど哀願で、かすれて酷く分かりづらい小さな言葉だったけれど、それにはじかれたようにドアをあけて、帝人君が・・・。
「臨也さん」
新羅の後ろから、湖面のような瞳を持つ少年が現れる。少し元気がなくて、顔色が悪いようだ。臨也が焦がれた少年。最後の景色に選んだ少年。
竜ヶ峰帝人。
手を伸ばせないのが辛い。臨也は彼に触れたい。けれどもその願いをかなえるように、帝人のほうから臨也の手に触れてくる。
「帝人、君」
「あなたね、うるさいんですよ」
死の淵から生還した臨也に対しても、辛辣な口調はそのままに、けれども帝人はぼろぼろと涙をこぼしてそこにいた。泣かないで、そんな顔を見たかったわけじゃない、そんなの望んでない。臨也はそう言いたかったけれど、唇からこぼれ落ちたのは、帝人君、という酷く頼りなげな、すがるような名前だけだった。
「なんですか、意識がない三日間、馬鹿みたいに帝人君帝人君って。僕はここにいるのに」
「帝人、君?」
「ここにいるのに!あなたが目を開ければそれで済む話だったのに、三回も心臓止まるし!もう死ぬかもしれないって新羅さんが言うたびに、僕がどんな思いで・・・っ」
「み、か・・・」
「勝手に最後の景色とか・・・馬鹿じゃないの!」
ぎゅうっと帝人が臨也に抱きついて、触れたところ全部が軋んでいたんだ。それでも臨也は笑う、だってこの体温が一番欲しかったものなのだから。怪我がどのくらい酷かったのかなんてもう思い出せない。臨也はただ、自分が帝人に抱きつかれているという現状に、震えるほど歓喜する。
「馬鹿じゃないの・・・!」
帝人がもう一度繰り返して。押し殺した声を臨也にだけ耳打ちする。
その言葉に、臨也は笑おうとして、なんだかうまく笑えなくて、仕方がないから泣くことにした。カッコ悪いけど今更だし。帝人君はちゃんと俺を迎えに来てくれたよ、と囁いて、臨也はもうたまらなくなって、ただただ泣いた。
あなたが死んだら、僕の見たい最後の景色はなくなってしまうじゃないですか。