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 「あ、あの。さっきは本当にありがとうございました。」
 深々と頭をさげつつ。とりあえず会話をしなくちゃ息が詰まりそう。
 「ああ、気にしなくてもいいよ。かえって暇つぶしに付き合ってもらって悪かったね。」
 魅力的なやわらかい笑み。
 暇つぶし・・・?
 「待ち合わせですか?あ、すいませんなんでもないですっ。」
 興味をそそられて口に出てしまったが、この人のプライベートまで詮索する必要なんてないし関係ないことだ。いけない、いけない。
 「それよりもお名前教えてくれませんか?私、槇村香っていいます。」
 やはりなれない会話に顔が引きつっていたのか、またしても笑われてしまった。
 「・・・羽柴だよ。まだ思い出さない?槇ちゃん。」



 大掃除をして雑誌の整理をしようとしていたときにまだ読み終えていなかった本を見つけたような。
 我ながら変なたとえだけど。ホント思いがけないものに遭遇した感じ。
 「うわっ、うそ!?先輩。ハネ先輩ですか~?」
 当時女子のあいだで絶大なる人気を集めていた2コ上の先輩。
 「うわ、やめてや。その呼び名、ハズかしいから。」
 オーバーに片手で頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。

 「え?でもでも、日本に帰ってきてたんですねー。卒業前にアメリカへとんで空にも飛んだって・・・。」
 彼はとんでもなく頭がよくて、NASAからお呼びがかかったらしいとか何とか。
 当時はいろいろ噂が飛び交っていた。
 学生時代の思い出話には魔力みたいなものがあって自分がその頃に戻ったような、不思議な高揚感が生まれる。
 同族意識というか・・・完璧に警戒心がなくなっていた。
 「それにしても、よく私がわかりましたね。もう10年くらい前になりますよね?」
 部活が同じだったわけでもないし、校舎も別々だったし。
 記憶に残るような存在ではなかったような・・・。


 「そりゃ当時この俺と女子の人気を二分してたんだから、ライバルの顔ぐらい覚えるよ?それに・・・君の友達に・・・散々追い掛け回されてたしね~。」
 そしてまた笑いをこらえているようだ。
 ・・・こんなに笑う人だったかな。
 身に覚えはないが、”友達”ってのに記憶の断片にひっかかった。
 「エリコ・・・ですか?」
 「そうそう。モデルになってくれって弓道場の更衣室にまで押しかけてきて覗かれちゃったよ。あのバイタリティーだけは尊敬に値する。」
 容易にそのシーンが想像できて人事ながら赤面してしまう。
 確かに先輩は弓道をしていただけあって細身なのに華奢な感じは受けない。
 首から肩、胸筋にかけての筋肉のつき方はきれいだと思う・・。
 ・・・でも。
 やだ、何考えてんの・・・・・私。


 「思い込んだら見境ないですからね。彼女。」
 「そうそう、よく引きずって歩いてたよね。面白いコンビだったよ。」
 ちょうど、注文したものが運ばれてきたので、会話は中断。
 紅茶の独特のさわやかなにおい。かすかにフルーツの香もする。
 フレーバーティーなのかしら・・。
 「おいしい。」
 「気に入った?それねマスターのオリジナルブレンドなんだ。」
 聞いてびっくり。
 「・・・よく、前はお世話になったよ。不思議と落ち着くんだよな。」
 そういったまま先輩は無言になった・・・・。
 なんとなく声が掛けにくくて私も黙った。


 独特の香ばしいにおいがする。
 いつもならこの時間は獠とコーヒータイム。
 あいつはコーヒーしか飲まないから、いつの間にか私もコーヒー等になっていた。
 それなのに・・・。今はこうして別々の時間を過ごしている。
 たったそれだけで急に不安になってきた。



 あいつも今は街に出て女の人を追い回しているのかしら。
 ・・・・・・なんでこんなに苦しいの?
 あんなにひどい男なのに、そばに居たって傷つくだけなのに。
 ・・・・さっきはあんなに肌が触れていたのに。



 「好きな奴のことでも考えてた?」
 「・・・////わかりますか・・・?」
 湯気を出さんばかりに赤面している。
 「わかるよ。最初に会ったときに、すんごくガッカリって顔に書いてあった。」
 「・・・・・・・すいません;」
 正直で。
 「別に気にしてへんからかっただけや。そいつって彼氏なん?」
 クスクス。
 決して嫌味な笑い方ではない、性格が出てるんだろうか。
 「いいえ。私の片思いです・・・。」
 口にしてから苦いものがこみ上げてきた。
 ふいに一粒。
 こらえ切れなくてティーカップのなかに波紋を起こす。
 「同じ男としてなら少しは参考になるかもよ? どんな奴?」
 愚痴こぼしてみる?
 そういってくれてるみたいで甘えてしまった・・・。



 「つかみ所のないひとで。しょっちゅう女の人をナンパしてて、女癖悪くて・・・。
 すごく意地悪くて、・・・でもときどき私が欲しい言葉とか言ってくれて・・・。」
 つらつらとどうでもいいようなことを並べているうちにだんだん腹が立ってきた。
 今までたまっていたものを吐き出すように。
 「もともと、すむ世界が違う人なんです。」
 なにも口を挟まず頬杖をついて最後まで静かに聞き役を務めてくれていた。
 「・・・で、今日は喧嘩したんだ?」
 改めて思い出して。悔しさで下唇をかむ。
 「というか、あいつの気持ちがわからなくて逃げ出してきちゃったんです。」
 そっか。と一言相槌をうって沈黙。


 「参考になるか知らんけど。」
 ポツリ。
 「俺も・・ずっと片思いしてる奴がいるよ。」
 ハネ先輩は独り言みたいに話し始めた。
 「どう接したらいいかわからなくて、ガキみたいに意地悪したり鹹かったり。そばに居てくれるだけでよかったのに、本当は。」
 伏せたまぶたの中でその人を思い出しているかのように。


 ・・・モテル人でも悩んだりするんだ。
 「やきもち焼かせようとしたり、わざと怒らせて見たり・・・・・・泣かせて、傷つけてすこしでも自分を見て欲しくて。」
 にやり、と唇の端を軽くあげて見つめられた。
 「案外、そいつも同じかもよ。」
 !?
 「そんなことは・・・ない、と思う。」
 期待したら、後が・・怖いから。
 今の関係が壊れたら嫌だから・・・。



 「ひとつ聞いていいですか?その人とは・・・・。」
 思い切って声にしてみたけど、 最後まで口に出せなかった。
 聞いてどうするの?私。
 もしかしたら・・・って。


 すごく切ない笑顔だった。ゆっくりと、とてもだいじそうに話す。
 「今から来るよ・・・?」
 あいまいな答えに、がっかりしたようなホッとしたような。
 複雑な気持ち。
 「どっちだと思う?」
 意味ありげな視線に混乱する。それは『恋人か』『友達か』って事かしら?
 もちろん恋人であって欲しいけど。もし、違っていたら・・・。
 ドクドクと心臓は勝手に私の血流量を増やす。
 聞かされるの怖いな。
作品名:game 作家名:藤重