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 ・・・どうしようもなく怖い。



 『本気だって言ったらお前はどうする・・・?』
 耳の奥でこだまする。甘くて苦い声、まるで媚薬のよう。
 ・・・・うれしいよ。うれしいけど。
 私はどう答えたらいいのかわからないの。





 アパート近くの公園。
 先輩とはまた会う約束をして早々に別れた。なぜかといえば、実は財布を持たずに飛び出していたからで・・・。なんとも情けない話が結局おごらせてしまったのだった。
 後日きちんとお礼にいく約束を交わして、連絡先も聞いて。
 
 何やってるんだろ私。
 自己嫌悪の嵐。

 なんとなくベンチに座って、先ほどの先輩との会話を反芻した。
 どっちにしろ、まだ会えるほどには親しい関係なんだろうな・・・。
 もし、告白して・・・。
 振られても、今のままで居られる自信がない。
 僚にしたら親友だった男の妹で。
 ただの預かり物としか思ってない。
 こんな感情ぶつけられたら迷惑だよ・・・。


 見上げた空は滲んで不鮮明だった。
 「リョウ・・・大好き・・だよ。」
 ・・・あなたは?その一言が言い出せない。


 風に乗って届いてくれればいい。
 答えるように木々の葉を戯れに揺らしながら風が鳴く。







 開け放たれた窓からは、比重の重くなった空気が遠慮がちに滑り込んでくる。
 カーテンが外の光彩をわずかにさえぎるたびに紫煙をくゆらせ霧散した煙が己の中に蓄積されていくようだ。
 視線の先には何も映さずもうどれくらいこうしているのだろうか。
 山盛りの残骸は自己主張をはじめ燻っている。

 どうやら長年連れ添ったトランキライザーも役に立たないらしい。
 極上の味を知ってしまったから・・・か。
 いつでも思い出せる。指に絡まる、本人の性格そのままの素直じゃない髪。
 触れるとすぐに熱を帯びる柔らかい肌。
 皮膚の薄い、体内と同じ彩色のつややかな唇。
 渇望しているのは明らかなのに。
 本能で拒否したがってる。
 もし、手に入れたら。考えるだけでも昂ってくる。



 それでも・・・。
 あいつには光の中でより輝いていて欲しい。
 あいつの光に照らされて、映し出された影の中で見守ろう。
 ・・・幾度そう思って。
 ・・・幾度行動して。
 傷つけただろうか。
 その度に、・・・まだそばに居る。
 手で触れられる。腕で抱きしめられる。 
 吐息を感じて、瞳に己が映るのを確認する。
 それはまるで。

 生存証明━━━?


 「ただいま・・・。」
 遠慮がちというか。
 一方的に飛び出してしまった香としては気まずいのも当然でやはり控えめなトーンになってしまう。
 家主はこの時間帯に居る訳がないと見越して帰ってきたのだろうか。
 それとも律儀な彼女としてはそろそろ夕飯の支度をしに帰宅したまでなのか定かではないがとにかく帰ってきてくれたのは正直安堵した。
 不遜な輩が勝負を挑んでこないわけではないし。
 「・・・お帰り。」
 返って帰くるはずないと思っていたのだろう台詞に過剰なほど反応していた。
 「な・・んで居るの?いつもなら・・・」
 そうだ。いつもなら香にどやされながら夜の街に繰り出しているであろう時間。


 玄関口の壁に片肘をついてわざと抑揚のない声でどうでもいい答えを与える。
 「たまたま・・・さ。いい加減付けもきかないんだとさ。」
 ずっと家にいたわけでもない━━━。
 暗に、そういい含めて事実を悟らせまいと。


 複雑な表情を隠すように俯いて、これ以上言葉を交わすまいとリビングへ急ぐ。
 俺の存在を否定するかのように視線を合わせず目の前を通り過ぎようとする彼女を視線だけで追う。

 瞬間。

 俺の中、獣の部分が覚醒した。血液が逆流したような感覚。
 ━━━テリトリーに侵入された!?

 俺以外のオスの気配。



 そのまま部屋へ姿を隠そうとする香の背後から近づいて捕獲した。
 「きゃ・・っ、なに?」
 原因を探求するように身体を振り向かせ上から下まで視線でなぞる。
 とりあえず、外傷的な原因は見当たらなかった。
 「ちょっと、獠!離してよっ。」

 気の所為か。
 香の頭の上に手を置いて何でもない・・・と言おうとして気がついた。
 クセ毛から微かにムスクの馨り。

 要求どおりに離してやる気もおきずにらしくなく疑問をぶつける。
 「お前、誰かに逢った・・・か?」
 口に出してからひどく後悔したが。
 聞いてどうするつもりだ。
 「逢ったわよ・・・だけど、なんで?どうかしたの?」
 香にしてみれば至極当然な質問だ。
 裏の世界の人間に何かされたわけでもないし。
 自分に関心などもって居ないであろう人物から聞く言葉ではない。


 どうやら自覚はないらしいから心配することでもないか・・・。
 しかし口から出たのは正反対の言葉。
 「なんだ、逆ナンでもしてきたのか、暇な奴だな。」
 口の端をゆがませてこんな台詞を吐けばこいつがどう思うかわかっているのに。

 ・・・・俺は。
 こういう言い方しか出来ないんだ。


 「・・・っ、ちがうわよ!ナンパされて、そんで助けられたの!」
 ━━━ナンパ?お前が、誰に?
 「すんごく!かっこいい人。高校の先輩だったのは意外だったけど!」
 ━━━かっこいい、先輩だぁ?
 わきあがってきた感情は久しく感じたことのないもので・・・・。


 かき回すように髪をもてあそんだあと出た言葉といえば。
 「そりゃよかったな。お礼にKissのひとつでもしてやった?」
 こいつがそんなことが出来るわけないとわかっていて。
 交わされた瞳にはわずかに涙が滲んでいた。
 「馬鹿!そんなことするわけない・・でしょ?お茶飲んだだけよっ。」
 ・・・それは逆ナンっていうんでないかい?香ちゃん・・・。
 多分、成り行きでそうしただけなんだろうけど。
 どういう経緯でこの匂いをつけられたのか。
 お茶を楽しむ二人を想像して・・・。


 「ちょっと!ほんとにもう離してよ。夕飯食べ・・・る、・・・んで・・しょ?」
 ゆっくりと頭の上に乗せていた手をラインに沿って動かし首筋に留め引き寄せた。
 もう片方の腕は腰に回して二人の隙間をなくすように。
 沈黙が訪れる。
 身体は密着しているのに感情はかみ合わないまま。
 「りょ・・う。お願い離して・・・。」
 「・・・・・・。」
 「・・・ね、どうして?こんなこと・・するの。」
 答えずに、いや答えられずに。
 抱きしめる腕の力を強くすることで伝われば簡単なんだけどな。
 俺は卑怯だから。
 自分の気持ちは口に出来ない。
 逃げ道がなくなっちまうから。



 ━━━だから。お前から来いよ。




 「俺のこと・・・好きか?」
 腕の中の獲物は過敏に反応する。
 「な・・・何言っちゃってんのよ!?そんなことあるわけないじゃない!」
作品名:game 作家名:藤重