近未来予想図
ガラス越しに覗く景色が僅かに赤茶けてきた。
無機質なビルの間におざなりだが植えられてる木々が冬将軍を待ちわびて準備をはじめているらしい。
陽の当たらない日には肌に感じる温度もシャツ一枚では暖かさが足りないぐらい。
「人肌が、恋しくなる季節だな・・・。」
つぶやいた言葉は彼でなければ、うなずける程度の何気ない言葉なのだが。
冴羽商事の朝の風景はいつもと少しだけ違っていた。
「なーにを朝からサカッているか━━━っ!!」
珍しく朝早く起きて来て、二人で朝食をとろうかというので、キッチンで準備をしていた香に手持ちぶさただった獠がちょっかいを掛けてきた。
後ろからすばやく香を抱き込んで感触を堪能する。
「だ~ぁってぇ。今日から仕事でしょ?獠ちゃんさみしーい。」
「気色悪いから離れてよ!!」
ガタイの良い男が身体をくねらせ小指立てて、しなを作っている・・。想像するだけでむねやけを起こしそうだ。
「しどいわっ!!香しゃん。あなたのためにこんなに身を落としてまで尽くしてるって言うのにぃ~。」
香の怒りは臨界点に達する。
華奢な右手にはいつの間にやら似つかわしくない物が握られていた。
「貴様のせいだ━━━!!逝って来い大霊界っ!!!」
ゴォ━━ッと、ものすごい風圧とともに鈍い音がした。
・・・・もはや日課になった地響きは今日もこだまする。
そして壁画と化した男の出来上がり。
彼らの激しいコミュニケーション。
仕事とは言うが実は溜まったツケを身体で払わされるので、香としては複雑な心境な訳だったのだが。
嫌なとき程時間のたつのは早いもので。
「動かないでよ。ブッ・・・クスクス・・・あはっ。りょ・・・似合ってる・・・よ。」
「ふん!当然だ。いい男は女装したらいい女になるってのは自然の摂理なんだよ。」
「はっ、いい男ってのは、女装なんかしないとおもうけど?」
「うるへー、さっさとしやがれ。」
香の部屋。ドレッサーの前で顔を突き合わせながらけんかしている。
獠はファンデを塗られて、アイメークは流行のゴールド。
チークは薄めに、ルージュはローズレッドにグロスはシルバーラメ入り。
化粧ってのは、化けるのは女だけではないらしい・・・・。
俺はメイクされながら心中穏やかでなかった。
何せ仕上がりまで小一時間あまり、顔は至近距離でうっかり眼を開けるとあいつの美味しそうな唇やら鎖骨やら谷間やら・・・が視界に否応なしに入る。
な・・・生殺し?
たまに顔にかかる吐息。
ちらりと覗く舌先。
軽口たたいて自分をごまかし下半身が反応しそうになるのを必死に我慢する。
くっそー。おかしいぞ、俺。
ちょっと前まではこんなこと何でもなかったのに。
何気ないしぐさに色気を感じるようになってしまった・・・。
切に願う。早く終わってくれ!!頼むから。
「はい、終了。じゃぁカツラはコレね。」
待ち望んでいた台詞と一緒に目の前に差し出された物。
━━━これでもかって位に毛先がぐるんぐるんだぞ、おい。
「おまえ、楽しんでるだろ。」
「違うわよ、ママの指定よ、背が高いから視線を下に持ってくるようにってね。結構細かく注文されたのよ~。」
しばしの、沈黙。
オイオイ、口の端がゆがんでるぞ。・・・ったく嘘のつけない奴だな。
まぁ、仕方が無いか。 自分で巻いた種だ、甘んじて受けよう。
・・・・だが、タダでって言うのもなんだよな。
「獠、少しかがんで?」
素直に頭を下げた俺の目の前には熟れごろの果実が2つ。
ったく開襟シャツは屈むと胸の谷間が見えるんだつーの!!
照れくさくて言えない言葉の代わりに・・・。
「きゃ・・ぁ。な、なにすんのよ!?」
キスマークも2つ。
グロスが付いて淫らに煌いている。
ハンマーが落ちないうちにさっさと逃げをうつ。
「何って・・・お駄賃だろ?行って来まーす!!」
声のみで姿はすでに見えず、扉の閉まる音がした。
事実、銃よりも逃げ足の方が勝っているかもしれない。
「・・・たくっ、あのもっこり男め~!!」
残された香といえば複雑な心境だった。
いままでこんなやり取りなんて皆無に近かったから、こんなときどう切り替えしていいものか迷ってしまう。
だってだって、獠の認識じゃぁ”男女”だし”くびれたバスト、豊満なウエスト”・・だし。私は女として見られてないって思ってるのに、いきなりこんな接し方って無いと思うの。
そりゃ・・・最近は少しずつだけど気持ちは通じ合ってるのかなぁ・・って思うことも有るんだけど。
ごくごくたまにね。
そっけなかったり、急にかまってきたり。なんだか猫みたい。
ふと鏡をみると、くっきりと悪戯の名残がついていた。
そこから熱が体中に広がっていくようで、大事そうにその上に手を添えてみる。
僚の代わりにしゃべってくれないかな・・・?
私のこと・・・・・どう思ってるのか、とか。
そう考えるととても愛しい物に思えた。
平気で他の女口説く時は気障な台詞を並べるくせに、本当の事は全然口に出さない。
━━━そんな獠が・・・。
私に触れる。髪に、肩に。腕に、腰に。
そして今日は・・・胸。
じゃぁ、次は?
想像して自分でも真っ赤になるのがわかる。
帰ってきたら・・・。
ちゃんと逃げないで仕事してきたら・・・・。
お帰りなさいって。
ご苦労様って言ってあげようかな。
はぁ~ヤバかった・・・。あのまま押し倒すとこだった。
俺の鉄の自制心もそろそろ限界らしい。
唇に残った柔らかな感触が鮮明によみがえる。
今日あいつの待つ家に帰ったら、取り返しがつかなくなるような気がする。
それが楽しみなようであり、怖いようであり。
知らず口の端が緩む。
新宿の夜の街に、ニューハーフ風の姿で顔の筋肉の緩んだ奴が約一名。
すれ違う人々は慄き遠巻きに距離をとる。
それでも、注目を集めているその人物が闇のスイーパーだとは夢にも思うまい。
色とりどりのネオンの中にゆっくりと消えてゆく。
帰る場所を、待っている人を思い浮かべて。
明日は一緒に街に出かけよう。
腕を絡めて歩こうか。
お前が照れくさがったら、冗談めかして肩を組んでもいい。
まぶしい笑顔の横で俺は。
━━━嫌そうに顔を歪めているかもな。
コツ、コツ、コツ。
一段一段地上から遠ざかっても、扉の向こうに身を滑らせれば喧騒が聴覚を刺激する。
淡いライトに視覚がなれる前に店の奥から声を掛けられた。
「あ~らv獠ちゃん、ホントに来てくれたのね。リエカ嬉し~いvv」
言いながら抱きついてきたゴツイ二の腕を丁重に拒否して、心底嫌そうな表情を浮かべる。