金と銀
自分は世界超大国のアメリカだ。
経済、情報、物流、全てはこのアメリカを無視することが出来ず、自分を経由して流れていく。
だから、例えハンバーガー片手に鼻歌交じりで歩いていても、侮らないで欲しい。
ただの青年に見えるかもしれないが、このハンバーガーを持つ手はバッファローだって容易く仕留めることが出来るのだから。
ただ、過信しすぎて失敗することもある。それがアメリカクオリティ。
ポジティブ過ぎて、失敗を反省し次に活かすことが出来ない。大体、同じような失敗をする。
そんなアメリカに上司は繰り返し注意するのだが、どうにも治る気配がないし直す気もなかった。だって、それも個性だろう。周りが諦めて自分に合わせればいいのだ。
そんなわけで、今日も今日とてうっかりを起こした。
情報は来ていたのだ。その内現れるだろうと上司にも言われていた。
だけど、アメリカがそれを思いだしたのは、相手の気配を察して突きつけられたナイフを咄嗟に交わし、食べかけのハンバーガーを強引に口に押し込んで、体勢を立て直している最中で。
「ベファフゥーシ!」
ハンバーガーを詰め込んだまま、アメリカは侵入者の名前を叫ぶ。
金の煌めきと銀の光沢を併せ持つ彼女の髪は、一見、柔らかく甘そうなのに、まるでナイフのような鋭さで空気に舞飛んだ。
強靱な眼差しもまた、アメリカを突き刺す勢いだ。
屋敷の二階、呑気に歩いているところで突如姿を現したのは東ヨーロッパのベラルーシ。
女性にアプローチされるのは悪い気がしないがこうまで熱烈なのは寒気がするな! とアメリカは心の中で叫ぶ。
口の中にハンバーガーがなかったら、多分彼女に向かってそう笑いかけ、怒りを煽っていただろう。
彼女はどこに隠し持っていたのかナイフを両手に構え第二陣を仕掛けてくる。低い位置から頭上を狙った動きにアメリカは、ハンバーガーが入った紙袋を投げ捨てそのまま後方へとバク転一回。
着地と同時に彼女が更に踏み込んできたので、その華奢な腕を蹴り上げる。
見事ヒットし彼女の表情が歪んだが、それは一瞬だけ。
頭上に蹴り飛ばされたナイフを彼女は即座に見捨て、その手はスカートの中へと動く。
タイツをはいているとはいえ、女性らしく肉づいた足の露出にようやくハンバーガーを飲み込み自由を得た口でひゅーっと口笛を吹けば、吹き終わるよりも速く小型のナイフを投げつけられた。
「おっと! 俺はダーツの的じゃないぞ!」
慌てて体を仰け反らせれば、丁度顔があったところをナイフが通り、そのまま後方の壁にどすんと音を立てて突き刺さる。
アメリカは落ちそうになったメガネを支えながら、
「ダブルブル! いいね、ダーツバーで人気者になれるよ! 羨ましいなぁ!」
と今度は指笛を吹いた。
悠長な言葉にベラルーシは何の反応も示さず今度はアメリカのクビを狙って殺傷力の高いバタフライナイフを突き立ててくる。
アメリカはすぐさま仕込んでいたピストルと手にすると、躊躇なく突っ込んでくるナイフを思いきり叩きつけた。
彼女のナイフはアメリカの力に負け床に落ち、ガシャンと音を響かせる。
アメリカはそれでも攻撃を仕上げようとする彼女のこめかみに銃口を押し付けた。
「俺の勝ちだな! 正義は勝つようになっているのさ!」
そして、誇らしげに勝利宣言。
気分良く反対側の手でピースを決めてみるが、銃口を突きつけられ追いつめられているはずのベラルーシは眉一つ動かさない。
その態度に「敗者は敗者らしくしてくれなきゃ」とアメリカは肩をすくめる。勝利の気分が味わえないじゃないか。
「ま、仕方ないか。じゃあ、おでこに風穴が欲しくなかったらそのまま、背中を見せて、真っ直ぐ歩いて行ってもらえるかい? 君に手を出しちゃうと上司に怒られちゃうからさ。10数える内に動いて。振り返ったら撃つよ。いいね?」
確認にベラルーシは答えない。いつものことなので仕方ないかとまた大袈裟に肩をすくめる。
「数えるよ、1、2、3……」
返事を待つことなく数え始めたアメリカに、ようやくベラルーシが動き出した。
彼女はチラリとアメリカを見た後、背筋を伸ばして踵を返す。
そのまま背中を見せて歩き出すかと思えば、またもう一度アメリカを振り向こうとした。
「振り向くなと言ったはずだよ」
彼女の後頭部に照準を合わせたまま、牽制の言葉。
ベラルーシはアメリカの頭上をチラリと確認した後、ようやく歩き出した。
何を見たのか確認しようと思ったが、彼女から視線をそらしたが最後、再びナイフを投げつけられかねない。
アメリカは銃口を定めたままベラルーシが遠ざかるのをじっと待った。待つのは苦手だが命が掛かれば仕方ない。
やがて、彼女との間に十分な距離が空き、緊張が解れてきたとき、彼女の手が素早く上下に振られるのを見た。
それをアメリカが目を細めて確認しようとした瞬間、ベラルーシはこちらを振り返り、ナイフを煌めかせる。
今の上下の動作で、袖の中に隠し持っていたナイフを取り出したようだ。
「! ああもうどれだけナイフを仕込んでいるんだい!! こうなったら自己防衛だからね!」
アメリカは軽く舌打ちをすると同時に、ベラルーシに向かって引き金を引く。
バアン! と鼓膜を破るような銃声が響いたが、アメリカの動きを予測していただろう、ベラルーシは素早く移動し、銃弾から逃れた。
対象者を失った弾は、その秘めた破壊衝動を窓ガラスにぶつけ吹っ飛ばす。
窓ガラスが粉々に砕ける中、ベラルーシは小型ナイフを構えるとアメリカに向かって投げつけてきた。
(まずい!)
アメリカは両手を交差させると彼女の攻撃に備える。
しかし、今まで狙いを寸分違えなかった彼女のナイフは、アメリカの遙か頭上に飛んでいった。
気が急き狙いを外したかと再び彼女を狙うべく引き金に指をかけたところで、ガシャン、とガラスが打ち合う音が響く。
第六感とも言える感覚で頭上を見上げると、自分の真上にあるシャンデリアが不自然に揺れていた。
原因を求め視界を凝らしたところで、シャンデリアを支える金具が外れかけていることに気付く。
(まさかさっきのナイフは……)
アメリカがベラルーシの意図に気付いた瞬間、先に投げたナイフに追従するように二本目のナイフがベラルーシの手から振り投げられ、金具に襲いかかる。
アメリカも賞賛した彼女のナイフ投げは、目標物を違えることなく、シャンデリアの留め金を打ち抜き重みを支える機能を奪い去った。
アメリカの数倍も重みがあるそれは支えを失い、凶器となってアメリカに襲いかかる。
「……っ!」
身を庇うように体を前のめりにしたアメリカだったが、遅い。
このままでは押しつぶされる、そう思った瞬間、背後から何かが自分を勢いよく突き倒した。
勢いに飲まれ絨毯の上に倒れ込むと同時に背後から銃声にも負けないけたたましい音が鳴り響く。
それに加えて、沢山のガラス片がアメリカの体を掠めていった。
「な、なんだ……っ!?」
それでも、自分が助かったことは分かり目を丸くしていると、自分の背中にシャンデリアとは違う重みが加わっていることに気付く。
経済、情報、物流、全てはこのアメリカを無視することが出来ず、自分を経由して流れていく。
だから、例えハンバーガー片手に鼻歌交じりで歩いていても、侮らないで欲しい。
ただの青年に見えるかもしれないが、このハンバーガーを持つ手はバッファローだって容易く仕留めることが出来るのだから。
ただ、過信しすぎて失敗することもある。それがアメリカクオリティ。
ポジティブ過ぎて、失敗を反省し次に活かすことが出来ない。大体、同じような失敗をする。
そんなアメリカに上司は繰り返し注意するのだが、どうにも治る気配がないし直す気もなかった。だって、それも個性だろう。周りが諦めて自分に合わせればいいのだ。
そんなわけで、今日も今日とてうっかりを起こした。
情報は来ていたのだ。その内現れるだろうと上司にも言われていた。
だけど、アメリカがそれを思いだしたのは、相手の気配を察して突きつけられたナイフを咄嗟に交わし、食べかけのハンバーガーを強引に口に押し込んで、体勢を立て直している最中で。
「ベファフゥーシ!」
ハンバーガーを詰め込んだまま、アメリカは侵入者の名前を叫ぶ。
金の煌めきと銀の光沢を併せ持つ彼女の髪は、一見、柔らかく甘そうなのに、まるでナイフのような鋭さで空気に舞飛んだ。
強靱な眼差しもまた、アメリカを突き刺す勢いだ。
屋敷の二階、呑気に歩いているところで突如姿を現したのは東ヨーロッパのベラルーシ。
女性にアプローチされるのは悪い気がしないがこうまで熱烈なのは寒気がするな! とアメリカは心の中で叫ぶ。
口の中にハンバーガーがなかったら、多分彼女に向かってそう笑いかけ、怒りを煽っていただろう。
彼女はどこに隠し持っていたのかナイフを両手に構え第二陣を仕掛けてくる。低い位置から頭上を狙った動きにアメリカは、ハンバーガーが入った紙袋を投げ捨てそのまま後方へとバク転一回。
着地と同時に彼女が更に踏み込んできたので、その華奢な腕を蹴り上げる。
見事ヒットし彼女の表情が歪んだが、それは一瞬だけ。
頭上に蹴り飛ばされたナイフを彼女は即座に見捨て、その手はスカートの中へと動く。
タイツをはいているとはいえ、女性らしく肉づいた足の露出にようやくハンバーガーを飲み込み自由を得た口でひゅーっと口笛を吹けば、吹き終わるよりも速く小型のナイフを投げつけられた。
「おっと! 俺はダーツの的じゃないぞ!」
慌てて体を仰け反らせれば、丁度顔があったところをナイフが通り、そのまま後方の壁にどすんと音を立てて突き刺さる。
アメリカは落ちそうになったメガネを支えながら、
「ダブルブル! いいね、ダーツバーで人気者になれるよ! 羨ましいなぁ!」
と今度は指笛を吹いた。
悠長な言葉にベラルーシは何の反応も示さず今度はアメリカのクビを狙って殺傷力の高いバタフライナイフを突き立ててくる。
アメリカはすぐさま仕込んでいたピストルと手にすると、躊躇なく突っ込んでくるナイフを思いきり叩きつけた。
彼女のナイフはアメリカの力に負け床に落ち、ガシャンと音を響かせる。
アメリカはそれでも攻撃を仕上げようとする彼女のこめかみに銃口を押し付けた。
「俺の勝ちだな! 正義は勝つようになっているのさ!」
そして、誇らしげに勝利宣言。
気分良く反対側の手でピースを決めてみるが、銃口を突きつけられ追いつめられているはずのベラルーシは眉一つ動かさない。
その態度に「敗者は敗者らしくしてくれなきゃ」とアメリカは肩をすくめる。勝利の気分が味わえないじゃないか。
「ま、仕方ないか。じゃあ、おでこに風穴が欲しくなかったらそのまま、背中を見せて、真っ直ぐ歩いて行ってもらえるかい? 君に手を出しちゃうと上司に怒られちゃうからさ。10数える内に動いて。振り返ったら撃つよ。いいね?」
確認にベラルーシは答えない。いつものことなので仕方ないかとまた大袈裟に肩をすくめる。
「数えるよ、1、2、3……」
返事を待つことなく数え始めたアメリカに、ようやくベラルーシが動き出した。
彼女はチラリとアメリカを見た後、背筋を伸ばして踵を返す。
そのまま背中を見せて歩き出すかと思えば、またもう一度アメリカを振り向こうとした。
「振り向くなと言ったはずだよ」
彼女の後頭部に照準を合わせたまま、牽制の言葉。
ベラルーシはアメリカの頭上をチラリと確認した後、ようやく歩き出した。
何を見たのか確認しようと思ったが、彼女から視線をそらしたが最後、再びナイフを投げつけられかねない。
アメリカは銃口を定めたままベラルーシが遠ざかるのをじっと待った。待つのは苦手だが命が掛かれば仕方ない。
やがて、彼女との間に十分な距離が空き、緊張が解れてきたとき、彼女の手が素早く上下に振られるのを見た。
それをアメリカが目を細めて確認しようとした瞬間、ベラルーシはこちらを振り返り、ナイフを煌めかせる。
今の上下の動作で、袖の中に隠し持っていたナイフを取り出したようだ。
「! ああもうどれだけナイフを仕込んでいるんだい!! こうなったら自己防衛だからね!」
アメリカは軽く舌打ちをすると同時に、ベラルーシに向かって引き金を引く。
バアン! と鼓膜を破るような銃声が響いたが、アメリカの動きを予測していただろう、ベラルーシは素早く移動し、銃弾から逃れた。
対象者を失った弾は、その秘めた破壊衝動を窓ガラスにぶつけ吹っ飛ばす。
窓ガラスが粉々に砕ける中、ベラルーシは小型ナイフを構えるとアメリカに向かって投げつけてきた。
(まずい!)
アメリカは両手を交差させると彼女の攻撃に備える。
しかし、今まで狙いを寸分違えなかった彼女のナイフは、アメリカの遙か頭上に飛んでいった。
気が急き狙いを外したかと再び彼女を狙うべく引き金に指をかけたところで、ガシャン、とガラスが打ち合う音が響く。
第六感とも言える感覚で頭上を見上げると、自分の真上にあるシャンデリアが不自然に揺れていた。
原因を求め視界を凝らしたところで、シャンデリアを支える金具が外れかけていることに気付く。
(まさかさっきのナイフは……)
アメリカがベラルーシの意図に気付いた瞬間、先に投げたナイフに追従するように二本目のナイフがベラルーシの手から振り投げられ、金具に襲いかかる。
アメリカも賞賛した彼女のナイフ投げは、目標物を違えることなく、シャンデリアの留め金を打ち抜き重みを支える機能を奪い去った。
アメリカの数倍も重みがあるそれは支えを失い、凶器となってアメリカに襲いかかる。
「……っ!」
身を庇うように体を前のめりにしたアメリカだったが、遅い。
このままでは押しつぶされる、そう思った瞬間、背後から何かが自分を勢いよく突き倒した。
勢いに飲まれ絨毯の上に倒れ込むと同時に背後から銃声にも負けないけたたましい音が鳴り響く。
それに加えて、沢山のガラス片がアメリカの体を掠めていった。
「な、なんだ……っ!?」
それでも、自分が助かったことは分かり目を丸くしていると、自分の背中にシャンデリアとは違う重みが加わっていることに気付く。