金と銀
焦点を合わせると、そこにはシャンデリアからアメリカを庇うように覆い被さるイギリスの姿があった。
「……イギリス!?」
現状把握に時間が掛かり、ひとまず彼の名前を呼ぶだけで精一杯だったアメリカにイギリスは「この馬鹿!」と叫んだ直後、アメリカの肩を掴み壁際へと力任せに転がす。
「頭庇え!」
言われるままに頭を庇ったところで、アメリカが倒れ込んでいた場所に、ベラルーシのナイフがダダダ! と横一線に突き刺さった。
イギリスは自分の背後にアメリカを庇いながらピストルを取りだしベラルーシを狙う。
彼女は武が悪いことを悟ったのか照準が合わされるよりも速く、アメリカの銃によってそのほとんどのガラスが破壊された窓から身を投げ飛び降りた。
「くそ!」
イギリスはすぐ側にあった窓を開け放ち、ベラルーシの姿を確認する。
ここは建物二階、なのに彼女は相変わらずの無表情のままスカートを派手に靡かせ、真下の芝生の上に落下していった。
イギリスは彼女の着地を狙うべく、再びピストルを構える。
しかしそれも予想していたのか、彼女は芝生の上を落ちた瞬間、衝撃を物ともせずに即座に体を転がせイギリスの弾丸から逃れると、傍にあった木の陰に身を隠した。
そのまま、こちらの死角になる場所を選ぶように彼女は駆け抜けていく。
「……映画に出てくる女スパイまんまだね。すごいよ」
木が邪魔をして撃つに撃てないイギリスの背後から、ようやく起き上がったアメリカがのぞき込み感嘆の声を上げる。
すると、これ以上の追走は不可能と判断したイギリスが振り返り「なに悠長なこと言ってんだこの馬鹿!」と力の限り叫んできた。
鼓膜がきーんと鳴り、アメリカは眉をしかめて耳を押さえる。
「ちょっとうるさいよ」
「お前なぁ、命狙われてたんだぞ! 俺が来なかったらどうなってたと思うんだ! こんの馬鹿!!」
イギリスはシャンデリアが落ちた場所を指さしアメリカに訴えてくる。
アメリカの何倍もの重さがあるそれは、床にめり込みグチャグチャに壊れていた。
もし、巻き込まれていたらアメリカだって無傷ではいられなかっただろう。
それでもアメリカは肩をすくめて、
「別に君が来なくても何とかやれてたよ。全く、お節介なんだから」
と軽く流す。
イギリスは余程不本意だったのかその場で地団駄を踏んで「もうお前の事なんか知るか!」とアメリカに背を向けた。
「それにしても、健気だね」
「……は?」
「ベラルーシだよ、ベラルーシ」
しかし、彼はアメリカの言葉に律儀に反応してこちらを振り返る。
アメリカは窓枠に肘を付くと、もう見えなくなった彼女を追うように外の景色を眺めた。
「俺をやっつけたらロシアが喜んでくれると思ってるんだろうね。毎回会う度にこれだもんな」
そう、彼女はロシアの目の敵であるアメリカに、事あるごとに喧嘩をふっかけてくる。
小国でありながら刃向かってくる無鉄砲さは、他の国には無い物だ。
「毎回毎回やってくるのに油断たらたらで歩いてるんじゃねーよ。情報入ってたはずだろうが」
イギリスは怒り足りないのか、横からぶちぶちと文句を言ってくる。
それには、「イギリスが今、アメリカにいるのも知ってたからね」と軽く答えた。
「どういう意味だよ」
「何でここ来たの?」
「は? いや、ベラルーシがこの周囲にいたってお前の上司に聞いて……」
「で?」
「今日は暇だったから、面倒事が起きないかパトロールしてやってたんだよ。そしたら突然の銃声だ」
「だからさ」
アメリカは窓から離れると崩れ落ちたシャンデリアをこつりと蹴ってイギリスを振り返る。
イギリスはアメリカの言葉を吟味して、答えが出たのか少し照れたように頭を掻いた。
「……なんだよ、あ、アテにしてたのか?」
「君も大概馬鹿だな。イギリスがクビ突っ込んだ上に彼女にやられて、その後そんなベラルーシ俺がやっつけたら格好いいと思ったんだよ。まさにヒーローだね。その上一網打尽」
予想もしていなかっただろうアメリカの言い草にイギリスは呆気にとられた後、今度は照れとは違う赤みを顔に浮かべる。
頭から湯気が出そうなくらい怒った彼は「もう良い!」と叫んで背中を見せた。
「ところでさぁ」
「何だよ!」
なのにアメリカが声をかければ立ち止まるところがイギリスだ。
「何で自分の立場が悪くなっていく一方なのに、こんなコトするのかな、ベラルーシって。そんなにロシアが良いのかな」
「……単純に好きなんだろ。損得の問題じゃないんだろうさ」
「俺だったらもっと可愛がってあげられるのになー。彼女可愛いし。隣に連れて歩いたら注目集めそう。気分いいや」
「……ロシアもロシアだけど自分の都合の良いように何でも事運ぶお前の所もどうかと思うけどな」
「不出来な育て親がそういう教育をした物でね」
「!! 悪いことは何でも俺の所為かよ!!」
そういう嫌味には敏感なイギリスは即座に声を上げる。
反応が面白くてクククと笑っていると、イギリスは拗ねたように顔をそらしたが、その後どこか真剣な眼差しで、
「何だ、ベラルーシが欲しいのか?」
と問いかけてきた。
アメリカは、ははっと、楽しげに笑い、
「俺は俺のことにしか興味ないからね。上司がそう言えばまぁ、そうするけど、んー。まぁ、単純に面白い、かな」
「面白い?」
イギリスは呆れ顔で周囲を見渡す。これだけの惨劇を繰り広げて何を言うんだと言いたげだ。
「だってほら、退屈な日々って性に合わないんだよ。だったら多少危険を伴う方が面白い。その上で勝利できたら文句ないね」
「お前のそういう考えはいつか絶っっ対足下掬われるぞ」
食い下がるように忠告してきたイギリスの言葉には耳を貸さず、アメリカはあの金銀に輝く髪を思い出す。
ロシアの隣で佇んでいるときはあんなにも美味しそうな色なのに、自分の前に来ると、それこそ冷たい光沢で毒々しいのがアメリカの支配欲を刺激せずにはいられない。
退屈な日々にこれ以上にスパイスはないだろう。
常に敵対するロシアから、彼女を奪ってしまうのも、面白そうな気がした。
しかしとりあえず、今すべき事は。
アメリカは内ポケットからハンカチを取り出すとイギリスの足下に屈む。
「……な、何だよ」
「足下掬われてんのは君じゃないの? こんな怪我してさ」
そこには恐らくベラルーシのナイフからアメリカを庇ったときに出来た傷跡。じんわりと血が滲み彼の服を赤く濡らしている。
「こんなの怪我の内に入らねぇよ!」
毎度毎度の強がりを「はいはい」と流して、アメリカは手にしたハンカチでその傷を止血した。そして、そのままイギリスを持ち上げ、自分の肩に抱え上げる。
「な、なにすんだこの野郎! 馬鹿馬鹿、下ろせ!!」
突然のことに驚き肩で暴れるイギリスを再び「はいはい」と流しながらアメリカは崩れたシャンデリアを振り返った。
いくら彼女にいつも素っ気なくしているロシアであっても、いざ彼女が奪われそうになったら全力で阻止してくるだろう。
自分を無条件で愛してくれる存在がどれだけ価値があるかアメリカだって知っているから。